新型コロナウイルスの感染拡大によってテレワークが浸透し、業務の内容を明確に定義して採用・選考を行う「ジョブ型雇用」の導入を検討する企業も出始めました。業務内容を定義する書類、「ジョブディスクリプション」の関心も高まっています。
今回はジョブディスクリプションとは何か、メリットとデメリット、どういう項目を書くべきかを具体的に解説します。書き方のサンプルも掲載していますので、ぜひご活用ください。
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ジョブディスクリプションとは
ジョブディスクリプション(英語:job description)は職務記述書ともいいます。社員や採用する人材の職務・責任範囲・必要なスキルなどを具体的にまとめた書類で、欧米では企業の人材募集や人事評価の際に欠かせません。日本ではまだあまり知られていませんが、コロナ禍の中で関心が高まっています。
たとえば総合電機メーカーである株式会社日立製作所は、2021年3月までにすべての職種でジョブディスクリプションを作成すると発表しています。
1.日本で関心が高まっている背景
日本でジョブディスクリプションに対する関心が高まっている背景には「ジョブ型雇用」への注目度の高さがあります。
新型コロナウイルス感染症の拡大によって、広く日本中にテレワークが浸透しました。東京都が2020年4月に行った調査によると、都内の従業員30人以上の企業におけるテレワーク導入率は62.7%にものぼります(※)。
従来の労働時間管理型の人事評価は、テレワークをはじめとした柔軟な働き方に対応しにくい仕組み。そのため職務の内容を具体的に定め、それをもとに評価するジョブ型雇用に注目が集まり、導入を検討する企業が出始めてきています。その結果としてジョブ型雇用に欠かせないジョブディスクリプションの注目度も高まっています。
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2.募集要項との違い
ジョブディスクリプションは一般的な求人票などに書かれている募集要項と混同されがち。人材募集時に提示される情報という意味では似ていますが、両者には大きな違いがあります。
募集要項は職務内容、雇用形態、勤務地、給与などを記載し、職務内容は職種と簡単な内容にとどまります。日本では新卒一括採用が多く、職務内容も流動的、人事評価は勤続年数や勤務態度の比重が高いためです。
一方でジョブディスクリプションは、職務の詳細説明、その職務が必要な背景、責任範囲、求められる資質、歓迎されるスキルなどをできる限り詳しく記載します。つまり募集要項は「待遇」の説明が重視され、ジョブディスクリプションは「職務内容」が重視されるという違いです。
ジョブディスクリプションを作成する目的・理由
ジョブディスクリプションを作成する主な目的や理由は2つあります。
1.組織の生産性向上
ジョブディスクリプションを作成する目的のひとつは組織の生産性向上です。各メンバーは役割が明確になることでムダな業務を排除し、本来やるべき業務に集中できます。複数の業務を担当する場合、各業務の配分比率を明確にする企業も。それぞれの役割が明確なため、周囲も誰に何を頼めばいいのかわかりやすく、業務連携がスムーズです。
2.人材マネジメントの効率化
各メンバーのポジションやその役割を明確にし、人材マネジメントの効率を上げるという目的もあります。職務内容が明確なので人材の採用・育成・異動・抜擢・研修などの方針を立てやすく、判断基準も明確。企業は人事業務をより効率化できます。
ジョブディスクリプションを作成するメリット
ジョブディスクリプションを作成する4つのメリットをご紹介します。
1.公平な人事評価が可能
ジョブディスクリプションで対象ポジションに求められる役割や目標を明確にすれば、人事評価もしやすくなります。目標が明確なため、達成したかどうかの客観的な判断がしやすく、評価の公平性も増します。人事評価に重要なのは納得感。透明で公平であることが大切です。
社員としては、募集時から求められる役割や達成すべき目標が明確なため、その基準で下された評価に対して不満も出にくくなります。
2.専門人材を採用できる
ジョブディスクリプションで職務遂行に必要なスキルや資格などを明記することで、専門人材を採用しやすいというメリットもあります。
総合職の新卒一括採用が一般的で、職務が流動的な日本型雇用では、専門人材の採用や育成が難しいという課題がありました。しかし職務を明確に定義して市場価値に見合った報酬を設定すれば、ジョブディスクリプションによる採用活動が一般的である外国人人材を含む、多様な専門人材も採用しやすくなります。
3.採用時のミスマッチを予防できる
3つめのメリットは、ジョブディスクリプションで業務のミッションや責任範囲を明確にするため、採用時に企業側と応募者側のミスマッチを減らせることです。
ジョブディスクリプションでは組織の紹介やレポートライン(指揮命令系統)についても記載します。求職者が職務遂行の具体的イメージを想起でき、期待値コントロールがしやすいため、応募者のマッチ度合いの向上や、早期退職の抑制効果も期待できます。
4.人材開発、育成につなげられる
ジョブディスクリプションでは求められるスキルや経験と役割を明確にするため、内部人材の育成や研修などに生かせるというメリットもあります。
人事評価の際にジョブディスクリプションと現状を照らし合わせて、足りないスキルや能力を可視化するため、フィードバックの精度が高まるのです。足りないスキルや取得すべき資格がわかれば、人事側で研修や資格取得支援などの対策も講じやすくなるでしょう。
ジョブディスクリプションを活用したジョブ型雇用では、基本的に異動がありませんので、専門人材の育成もスムーズです。
ジョブディスクリプション作成のデメリット
メリットの多いジョブディスクリプションですが、デメリットもあります。
1.作成時に工数がかかる
1つめは、ジョブディスクリプションの作成には一定の工数が必要なこと。日本企業の場合、明確に職務内容が定義されていないことも多く、ジョブディスクリプションの導入当初は、作成に多くの工数を見込んでおく必要があります。ジョブディスクリプションの作成がジョブ型雇用導入の壁になるケースも少なくありません。
2.定義された業務しかしない
メンバーがジョブディスクリプションで定義された業務しか行わず、企業活動がスムーズに進まなくなる可能性がある、というデメリットもあります。
とくにスタートアップ企業や新規事業などの現場では、企業の変化に伴って業務内容が急激に変化します。そのたびにメンバーを入れ替えるのは現実的でありません。ジョブディスクリプションが足かせになって業務遂行が滞る危険性もあります。
3.ゼネラリストが育ちにくい
ジョブ型雇用では、メンバーはジョブディスクリプションで定義された職務に集中するため、スペシャリストが育つ一方で、ゼネラリストは育ちにくいというデメリットもあります。
企業はスペシャリストだけで成り立つわけではありません。ゼネラリストも必要となります。ジョブディスクリプションをどこまで適用するかは、組織の状況によって慎重に選ぶ必要があるでしょう。
ジョブディスクリプションの作成方法
次にジョブディスクリプションの作り方を解説します。貴重な人材の業務を言葉で明確に定義する重要な書類。以下の3つの段階を追ってしっかりと作成していきます。
1.現場へのヒアリングを行い、業務を把握する
ジョブディスクリプションを作成する際には、現場の実態把握から着手します。ジョブディスクリプションで重要なのは、現場の実情や要望との乖離がないこと。現場スタッフへのインタビューやアンケートを実施して、業務内容や求められる能力などを確認していきます。
2.ジョブディスクリプションを作成する
ヒアリング内容をもとにジョブディスクリプションを作成します。詳しくは次の章で解説しますが、一般的に分量はA4用紙で数枚程度。作成する際には、項目に抜け漏れがないか、記述が曖昧になっていないかを確認していきます。
3.経営層をはじめ複数名でレビューを行う
作成したジョブディスクリプションに対して、必ず複数名でレビューを行います。経営層、人事、現場スタッフ、現場マネージャーへの確認は最低限必要です。可能なら関連部署にも確認してもらうといいでしょう。複数の視点でレビューを行うことで、ジョブディスクリプションの精度が上がります。
ジョブディスクリプションの記述項目
ジョブディスクリプションに書くべき具体的な項目をご紹介します。
1.ポジション名
募集するポジションの具体名です。肩書きやランクなど実際に使う呼称を書きます。一般的な企業での職種名やランクと自社で使用している呼称に開きがある場合、誤ったイメージを持たれないよう、注釈を加えるといいでしょう。
2.部署、チームの詳細
部署やチームのミッション、役割、人数、働き方などを詳しく書きます。取扱商品やサービス、対象となる顧客など、求職者が職場と仕事のイメージを想起しやすいよう意識してまとめます。
たとえば「チームワークを重視する職場」「個々人が独立して業務を遂行しやすい環境」など、職場の雰囲気を具体的に記載することで求める人材像を提示し、社風をアピールすることもできます。
3.責任や権限の範囲
職務の役割、責任、ミッションを具体的に書きます。企業や事業の中でその職務が求められる背景の説明も重要です。この職務等級ではどこまで決裁できるのかという職務権限も、わかるように記載します。
4.具体的な職務内容
具体的な日々の業務内容です。重要度や頻度の高い職務から、箇条書きで具体的に記載します。業務が複数ある場合はそれぞれの時間配分を割合で書くといいでしょう。求められるレベルや、割り当てられる分量がどのぐらいかについても記載があると、読み手がイメージしやすくなります。
5.レポートライン
企業の中での指揮命令系統を表すレポートライン。ジョブディスクリプションでも上司は誰か、業務遂行の際に報告を行う相手は誰かなどを明記するケースがあります。部下がいる場合は、逆に誰から報告を受けるのかなども記載します。
6.必要とされるスキル、資格
業務に必要とされるスキル、経験、資格を具体的に箇条書きします。業界経験、職種経験、マネジメント経験、英語力、プログラミング力、ツール使用経験などです。経験は具体的な年数、資格は具体的な等級なども記載するのが一般的。
7.歓迎されるスキル、資格
身につけていれば優遇されるスキル、経験、資格を箇条書きで具体的に書きます。経験などは具体的な年数なども記載し、求職者が読んで「自分が応募条件を満たしているか」を判断しやすい記述である必要があります。
8.給与、待遇
給与や福利厚生など具体的な待遇面です。経験の長短による待遇増や、特記すべき福利厚生なども記載しておくといいでしょう。求人募集の際の公開情報には含めず、面談時に提示することもあります。
9.目標、評価方法
どんな成果が求められているのかという目標と、評価の方法、評価のタイミングや頻度を具体的に書きます。
評価の方法とはたとえば次のようなものです。
- MBO
- 英語のManagement By Objectiveの略で、目標管理制度のこと。メンバーが上司に相談の上、自分で目標と評価基準を設定し、その結果によって評価が決まる制度。
- 360度評価
- 多面評価とも呼ばれ、評価対象者と業務上関係のある上司、同僚、部下、関係部署など多方面の社員が評価を行う制度。
- OKR
- 英語のObjectives and Key Resultsの略で、目標と主要な結果の集まりのこと。企業や所属部署の目標があり、そのためにメンバー各自が達成すべき複数の目標を設定し、その達成度合いを評価に活用します。こちらも給与・待遇と同様、公開情報には含めず、面談時に提示することがあります。
10.勤務地、勤務形態
勤務地や勤務形態、転勤の有無、テレワークが可能かなど、勤務地と勤務形態に関する詳しい条件です。転勤がある場合は候補地を明記し、外部への出向や出張が多い業務の場合は、主な出向先、出張先についても記載します。
ジョブディスクリプションの記述例
実際にどういう書き方をするのか、サンプルをご紹介します。サンプルをもとに、上で紹介した3段階のステップを通じて自社に合った形に変えてみましょう。
ポジション名 | フィールドセールス部門・マネージャー |
---|---|
部署、チームの詳細 | フィールドセールス部門は当社商品・サービスに熟知し、顧客の課題をもとに最適な提案を行うチーム。 マーケティング部門やインサイドセールス部門、カスタマーサクセス部門と連携し売上を最大化することがミッション。 チームワークを重んじ、それぞれがエキスパートとして自らを高めあう環境。 |
責任や権限の範囲 | フィールドセールス部門のマネージャーはチームメンバーの活動を支援し、成果を最大化すること。 市場環境を敏感に察知し、売上予算の策定や戦略策定を行う。 チームの現状分析、課題抽出、施策の実施という一連のサイクルによって部門をマネジメント。 部門マネージャーとして関連する他部門と連携し、顧客と組織の課題解決に務める。 場合によっては商品やサービスの改善提案を事業企画チームやボードメンバーへ提言。 |
具体的な職務内容 | ・フィールドセールス部門の予算策定、戦略策定 ・フィールドセールス部門の売上予算の達成 ・チームの現状分析、可視化、課題抽出、施策実施 ・チームの人材採用、育成 ・メンバーの評価 ・業務改善施策の立案 ・他部門との連携 ・経営へのレポーティング |
レポートライン | ・役員 ・事業部長 ・各部門長 |
必要とされるスキル、資格 | ・4年制大学卒以上 ・IT業界やコンサルティング業界でのフィールドセールス経験3年以上 ・セールスチームのマネジメント経験3年以上 ・日常会話レベルの英会話 |
歓迎されるスキル、資格 | ・ビジネスレベルの英会話 ・SFA、MA、CRMの活用経験 ・プロジェクトマネジメント経験 |
給与、待遇 | ・年俸制(スキル、経験により優遇) ・年俸の12分の1を毎月支給 ・予算達成によるインセンティブあり |
目標、評価方法 | ・四半期ごとのMBO評価、360度評価による |
勤務地、勤務形態 | ・東京オフィス ・転勤なし |
ジョブディスクリプションを運用する際の注意点
最後にジョブディスクリプションを運用していく際の注意点を4つご紹介します。
1.現場の業務との乖離がないこと
ジョブディスクリプションは、実際の業務との乖離をなくすことが非常に重要。実態とのギャップが存在すると、求職者の期待値とのミスマッチが発生し、早期退職につながるだけでなく、周囲へ悪影響を与える可能性も。
生産性向上や人材マネジメントへの活用といった効果も期待できなくなります。そうならないためには、現場ヒアリングで業務実態を正確に把握することが重要です。
2.ジョブディスクリプションにもとづいた評価を行うこと
人事評価の際、ジョブディスクリプションで定義された内容にもとづき公平に評価を行うことも重要です。ジョブディスクリプションで役割を明確化しても、主観に偏った評価をしては本末転倒。評価に対する従業員の納得感を高めるためにも、ジョブディスクリプションにもとづいた客観的な評価は欠かせません。
3.作成して終わりではなく定期的な見直しを行うこと
ジョブディスクリプションは作成して終わりでなく、運用を通して改訂し続けていくもの。現場は常に変化し続けるため、定義したジョブディスクリプションとの乖離がないかを定期的にチェックし、改訂する必要があります。現場の求める内容が変化した場合もジョブディスクリプションを改訂し、労使合意のもと雇用契約を更新します。
4.他の人事制度の見直しも同時に行うこと
ジョブディスクリプションを定めただけでは、生産性向上などの効果は期待できません。他の人事制度も同時に見なおす必要があります。
たとえば、専門人材の市場価値が相対的に高ければ、給与制度を再検討すべきでしょう。組織内人材の流動性を高めるためには、社内公募制度などの整備も有効です。ジョブディスクリプションの定義と同時並行で、付随する諸制度の見直しをはかることで、より大きな効果が期待できます。
まとめ
欧米では人材募集や社内公募の際に必須となっているジョブディスクリプション。2019年4月からスタートした「働き方改革」によって多様な働き方が芽吹き、新型コロナウイルス感染症拡大でテレワークが一気に浸透しました。今後もテレワークの継続を決めて、オフィスの賃貸契約を解約する企業も出てきました。(※)。
参考:テレワーク導入で都心部のオフィス賃貸解約や面積縮小の動き | NHKニュース
働き方が多様化する企業では、必要な業務に最適な人を充てるジョブ型雇用が今後多くなっていくでしょう。その核となるのが、ジョブディスクリプション。今後の世の中の流れを見据えて、しっかり準備しておくことをおすすめします。
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