働き方改革関連法で求められる「産業保健機能の強化」とは?

「働き方改革関連法(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律)」とは、働き方改革を推進することを目的とした労働環境の見直しに関わる法律です。働き方改革が目指しているのは、国民がそれぞれの事情に応じた働き方を選択でき、豊かになるということ。その実現のため、働き方改革関連法には労働時間の見直しや、雇用形態による待遇の違いの見直しなどが定められています。

働き方改革を実施するうえで、人事担当者として注目すべきポイントは複数ありますが、今回は「産業保健機能の強化」に注目してみましょう。「産業保健機能の強化」の適用にあたり、企業は具体的にどのような対策をとればよいのかお伝えします。

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「産業保健機能の強化」が目指すこと

事業拡大を進めるためには、労働者の健康を守ることも大切な施策のひとつです。しかし、経済成長を促すためには、生産効率性を重視することもあるでしょう。その結果、労働者の健康管理を軽視してしまい、残業の長時間化に伴う過労や、職場環境を要因とするメンタルヘルス不調といった課題が大きな社会問題となっています。

こうした背景を受けて、経済産業省は「健康経営優良法人認定制度」を2017年からスタート。労働者の健康管理は、企業にとってのリスク管理でもあり、健全な経営をおこなうためにも欠かせないものです。企業規模に関わらず、労働者の健康管理は、企業側の責任問題となりうる可能性があります。

働き方改革関連法の適用に当たり、その一項目として挙げられた「産業保健機能の強化」は、労働者の良好な健康状態を維持・確保することを目的に提示されています。実質的には、事業者と専門知識を持った医師との連携が柱となるでしょう。

(関連記事:働き方改革とは?いつから何をすべきなのか、関連法の内容を分かりやすく解説

「産業保健機能強化」の主軸となる「産業医」の存在

労働者が50人以上の事業場では、産業医を選任する義務があります。50人未満の事業場は、産業医の選任義務はありませんが、労働者の健康管理を医師に行わせることに努めなければなりません。これまでは、主に健康診断による身体的な健康管理に携わることが中心だった産業医が、働き方改革の適用により、より独立性と中立性を持った存在として従業員の健康管理に深くかかわることが求められます。

産業医との連携がカギ

産業医の主な役割には、労働者の健康に関する現状把握および労働者との面談があります。企業側は、こうした面談の機会を提供できる仕組みを整えなければいけません。しかし、その一方で、労働者が相談した具体的な内容については、プライバシー保護のため、企業側にすべて開示されるわけではなく、その後の対応が難しい状況にあります。

例えば2015年から始まったストレスチェック制度についても、労働者個々の結果を確認できるのは産業医だけであり、企業側が把握することはできません。労働者の健康管理に関わるとしても、個々の状態については事業者よりも産業医の方が把握できる立場にあるというわけです。

そうした背景のなか、今回の改正では、産業医の権限がさらに強化されました。産業医は労働者の健康を確保するため事業者に意見を伝えることができましたが、改正後は「事業者は産業医の意見や指示に対して、措置を行わなくてはならない」ことが義務付けられます。

企業側は、さらに産業医との連携を深めながら対応することになりますが、ここで課題となるのが産業医のスキルレベルでしょう。経験が伴わず、労働者の健康状態を聞きだす力がなかったり、冷静な判断ができなかったりする産業医との連携は難しいものです。産業医側にもスキルアップを求めながら、スムーズなやり取りができる環境を整える必要があります。

押さえておこう!「産業保健機能の強化」のための対策3つ

「産業保健機能の強化」が適用されることで、事業者の対策が必要なことは次の3つです。

  • 産業医の活動環境整備
  • 健康相談の体制整備、情報適正な取扱い
  • 長時間労働者に対する面接

実際、どのような対策をとればいいのか、ひとつずつ詳しく見てみましょう。

産業医の活動環境整備

これまでは、産業医が労働者の健康確保のために必要だと判断したとき、事業者にその旨を勧告していました。報告を受けた事業者は、産業医の意見を尊重する義務がありました。今回の改正では、その「義務」がより強化されます。

改正後は事業者から産業医に、労働者の業務状態など、健康管理のために必要な情報を提供しなければなりません。産業医から勧告を受けた事業者は、内容を衛生委員会に報告し、健康を確保する検討をします。勧告を受けた内容や措置の記録(措置を取らなかった場合は、その理由)は、3年間保存しなければなりません。

また、産業医は労働者の健康管理を行うため、労働者から情報を収集する権限があります。事業者は産業医に渡す情報の取り扱いについて、衛生委員会で決定しておくことが望ましいでしょう。決めておくべき項目は主に下記の通りです。

  • 対象労働者の選定方法
  • 情報の収集方法
  • 情報を取り扱う者の範囲
  • 提供された情報の取扱いなど

ちなみに衛生委員会は、総括安全衛生管理者、産業医、衛生管理者など、衛生に関する経験を有する労働者で構成され、労働者の健康を確保することを目的に設置されるものです。50人以上の事業場では、衛生委員会の設置が義務付けられているため、改めて確認しておきましょう。

健康相談の体制整備、情報適正な取扱い

企業にとって努力義務となっていた労働者の健康相談や健康診断についても、今後はより強化した対応が求められます。事業者は産業医が具体的に行っている業務内容を確認し、労働者が産業医に健康相談したい場合の手続き方法や、労働者の健康状態に関する情報の取り扱いについて、労働者に周知する必要があります。

具体的な周知の方法は次の通りです。

  • 各作業場の見やすいところに掲示する
  • 書面を労働者に交付する
  • 磁気テープ、磁気ディスクなどに記録し、各作業場に労働者が内容を確認できる機器を設置する(労働者が該当するパソコンデータを閲覧できるようにする、など)

労働者数50人未満の事業場であっても、労働者の健康管理などを行うのに必要な医学に関する知識を有する医師または保健師について、上記の方法で労働者に周知する必要があります。

長時間労働者に対する面接指導等

働き方改革関連法が適用されるまでは、残業の上限規制があったものの、告示にとどまっていました。そのため長時間労働による過労やメンタルヘルス不調を招くような働き方もあり、事業者、労働者双方にとってデメリットが生じる状況となっていました。

今回の改正では、長時間労働者に対する面接指導が義務付けられることになります。事業者は労働者の労働時間を正確に把握するため、タイムカードによる確認やパソコンのログイン・ログアウトの記録をはじめ、現場責任者による客観的な管理を行わなければなりません。

ただし、場合によっては、客観的な労働時間の管理ができない業務もあるでしょう。例えば、労働者が事業場外で行う業務については、労働時間を把握するのは難しいものです。最終的には、労働者の自己申告に任せることになりますが、そうした場合も、事業者は労働者または現場の労働管理者が適正な申告を行うよう、きちんと指示しなければなりません。また、実地調査を行うなどして、正確な労働時間が申告されているのかを確認する機会を設けることも大切です。

また、時間外・休日労働時間が1か月間で80時間を超えた労働者は、申し出により産業医の面接指導を受けられます。そうしたサポートがあることを労働者全体に伝えておくのはもちろんですが、条件に該当する労働者がいれば、産業医への面接指導を受けるよう促すのも事業者の大切な務めです。具体的に書面や電子メールで連絡するのが理想的ですが、給料明細に時間外労働について記載していれば、通知したものとみなされます。

加えて、時間外・休日労働時間が1か月で100時間を超えた研究開発業務従事者や高度プロフェッショナル制度対象労働者には、申し出がなくても面接指導を行わなければなりません。対象の労働者には、労働時間の通達と同時に、面接指導の日程を通知します。

上述したような長時間労働者以外の労働者から、労働時間の開示を求められた際にも、すみやかな通知が求められます。法改正の目的である「労働者が自らの労働時間を把握し、健康管理を行う」という意向に沿った対応をおこないましょう。

「産業医・産業保健機能の強化」を正しく適用して事業躍進を目指しましょう

2019年4月より適用された働き方改革関連法では、残業の上限規制などに注目が集まりがちです。しかし、「産業医・産業保健機能の強化」は、労働者の長時間労働を見逃さないために適用されたものであり、健康経営(注:従業員などの健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること)を大きく進めるための法改正といえます。労働時間を把握しながら産業医との連携を強化し、労働者の健康を維持しましょう。労働者が心身ともに健康であることが、事業の躍進にもつながります。

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Profile

寺林 智栄氏 【監修】
弁護士

2007年弁護士登録。東京弁護士会所属。法テラス愛知法律事務所、ともえ法律事務所などを経て、現在、弁護士法人北千住パブリック法律事務所所属。「よく聞き、よく話し合う」をモットーとして、刑事事件をはじめ、今日的な人事・労務問題などにも積極的に取り組む。

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