人事制度変更における法的リスクと注意点

昨今、経営環境の激しい変化に伴い、企業の人事制度も、これまでの年功序列型からJOB型人事制度への移行、テレワークや短時間勤務など柔軟な働き方等、さまざまな変化への対応が求められています。

そこで今回は、今後どのような形に変更する場合であっても最低限必要となる、人事制度変更における法的リスクと注意点について解説します。

労働条件の変更:労働者との合意が前提
ただし「就業規則の周知」 「変更の合理性」を満たせば変更が可能

労働契約法 第10条より抜粋

使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。(以下略)

「就業規則の周知」について

常時作業場の見やすい場所へ掲示や、備え付ける書面で交付、 磁気ディスク等に記録し各作業場で内容を常時確認できるといった方法で、従業員が就業規則の内容をいつでも知ることができる状態であることが必要となります。

「変更の合理性」について(以下の4要素で総合的に判断されます。)

  1. 1.労働者の受ける不利益の程度
  2. 2.労働条件の変更の必要性(本当に変更が必要か?)
  3. 3.変更後の就業規則の内容の相当性(実態に合っているか? 必要以上の不利益でないか?)
  4. 4.労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情(労使間の合意形成の有無)

人事制度変更における法的リスクとは?

人事制度変更の二つのパターン

  1. A
    経営難等により従業員の総額人件費を切り下げる…明らかに不利益変更
  2. B
    総額人件費は維持しつつ人事制度(賃金の計算方法)を変更する…不利益変更にあたるか?

人事制度(賃金制度)変更における合理性の判断基準は以下の5項目で、総合的に判断されます。

  1. 1.総額人件費の維持…不利益変更にならないための大前提
  2. 2.変更の必要性…本当にその人事制度変更が必要か?
  3. 3.不利益の程度…制度変更が従業員に及ぼす不利益の程度は?
  4. 4.評価手続の整備…公正な評価手続きが制度として整備されているか?
  5. 5.労働組合/労働者代表との交渉など…従業員の賛成が得られているか?

総額人件費の維持

  • 賃金原資総額を減少させるものではなく、賃金原資の配分を合理的に改める変更であること
  • 昇格・昇給に平等な機会が与えられていること、組合との実質交渉を経ていること

変更の必要性

  • (総額人件費が減少しない前提で)従業員の実質的公平を図るべく企業の競争力を確保・向上させるための利益配分の変更という点にあると認められるか?

不利益の程度

  • 不利益の程度に関するポイント
  • 中位者の給与は維持
    ○A:上位2割が上昇し、中位6割が現状維持、その他2割が減少
    ×B:上位2割のみ上昇、その他8割が減少…公平性を失い、変更合理性が否定されるリスクが高くなる

  • 大幅・急激な減額をもたらす制度変更は無効とされる可能性が高い
    例)給与・賞与を合わせた年収ベースで10%程度の減少範囲にとどめる、かつ2~3年の経過措置(調整手当等)を設けるなど

  • 年齢のみを基準として給与を減額するなど、特定層の従業員が本人の能力・成果とは関係なく不利益を被る制度変更は、変更の合理性が否定されるリスクが高い

評価手続の整備

  1. 1.人事考課の項目・評価要素等の再検討
  2. 2.評価者訓練の徹底
  3. 3.評価内容のフィードバックの実施
  4. 4.苦情処理手続きの導入 

労働組合/労働者代表との交渉など

  • 就業規則の不利益変更が多数従業員の賛成のもとで行われていることは、変更の合理性を推測する事情となると解されている。そのため、労働組合や従業員との十分な協議・交渉に努め、多数組合または多数従業員の賛成を得ることが重要になる。

就業規則の不利益変更の裁判例

No.
事件名
年月日
テーマ
不利益の内容
結論
1 朝日火災海上 最判
平8.3.26
退職金 支給率(勤続30年) 70カ月
→51カ月
×
2 第四銀行 最判
平9.2.28
給与・賞与 定年延長(55歳+3→60歳)により55歳以降の賃金大幅ダウン
(55~58歳と55~60歳の合計が同じ)
3 みちのく銀行 最判
平12.9.7
給与・賞与 55歳以上の賃金の大幅な低下
(40~50数%)
×
4 ノイズ研究所事件 東京高裁
平18・6・22
経過措置 新賃金制度は合理的だが、経過措置(2年)が短い

No.4のノイズ研究所事件については、変更の必要性:「労働生産性向上のため」、合理性:「賃金原資の減少が無く、原資の再配分と認められ、昇給機会も平等である」、労使間交渉:「適切に対応しており問題ない」、という状況でした。

しかし、激変緩和措置の期間(2年)について、性急であるという指摘があります。そのため、激変緩和措置の期間についてはリスク回避の観点からは少し余裕をもった対応が必要であると考えられます。

メンバーシップ型からJOB型へ移行するケース
変更内容:従来の年功序列を前提とした職能型制度からJOB型・職務型制度への移行

想定されるリスク:賃金原資(総額人件費)は同じでも、不利益変更になる可能性があります。
例えば、JOB型導入に合わせ、管理職手当(固定)を廃止し、役割給(毎年変動)に変更する場合などです。

このような場合においては、経過措置や救済措置の必要性(各措置の具体的な内容、経過措置期間の設定)、個別合意の必要性(合意取得の方法、不要な場合は周知期間の設定)、事前説明会の開催方法(想定Q&Aの作成)などのポイントについて、事前に社内で検討し、原案作成後は外部弁護士等の専門家へ確認を取ることが望ましいです。

想定リスク
事例
不利益変更判断ポイント
総額人件費の維持 手当の廃止 他の手当を創設するなどの代替措置がない場合には不利益変更に該当する可能性がある
不利益の程度 給与体系の変更 基本給を減らして変動給を増やすなど給与内訳を変更する場合でも不利益変更に該当する可能性がある
賞与体系の変更 賞与が必ず支払われるものという建て付けになっている場合には、不利益変更に該当する可能性がある
評価手続の整備 昇降格基準の変更 基準の変更により降格だけでなく昇格のチャンスも等しく与えられていれば問題ない
初年度からの降格 制度変更以外の事由(例えば懲戒)による降格であれば 問題ない

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