トータルな人財獲得活動の一環としての採用
──日本企業の特徴であった新卒一括採用が変わろうとしています。その背景にはどのような事情があるのでしょうか。
戦後長く新卒一括採用が続いてきた最大の理由は、人を育てる経済的・時間的余裕が企業にあったことです。ポテンシャルはあるけれど、色はついていない。そういう学生をまとめて採用して自社の色に染めていくというのが、新卒一括採用の根底にある考え方です。
時間とコストの両面において余裕があればそのようなやり方を続けていくこともできますが、経済や社会の環境が目まぐるしく変わっている中で、今後も余裕を持ち続けられる企業はもはやそう多くはありません。すぐに活躍して成果を上げてくれる人財がほしいというのが多くの企業の本音です。それに対応する方法が通年採用ということです。
──学生の人口が今後減っていくという課題もありますよね。
おっしゃるとおりです。さらに、学生の志向が多様化し、情報リテラシーも向上しているので、これまでのように「新卒」という集合を一律の方法で一気に採用することが難しくなっているという事情も挙げられます。
──通年採用が広がっていくことのメリットとデメリットについてはどうお考えですか
必要な人財を必要な時期に採用できるのが通年採用のメリットです。また、中途入社が増えれば育成コストも抑えられます。一方、採用活動を常時行うことになるので、そのコストは増えることになります。
しかし、採用という活動を単独で捉えるのではなく、欧米でいうところの「スタッフィング」というトータルな人財獲得活動の一環と捉えれば、採用活動単体のコストはそれほど問題ではなくなるとも考えられます。
必要な人財を外から調達するのが「採用」ですが、ほかにも、社内で育てる「育成」、適財を適所に配置する「異動」、退職者を呼び戻す「復職」など、人財活動にはさまざまな方法があります。人財戦略とそれにともなうコストは、そのようなトータルな視点で考えられるべきだと思います。
「優秀な人財」を定義することが必要
──通年採用が進めば採用競争が激しくなっていくという側面もあると思います。その競争に勝つための採用戦略とはどのようなものでしょうか。
最も重要なのは、「自社にとっての優秀な人財」をしっかり定義することです。いい大学を出ているとか、コミュニケーション力があるといった漠然とした優秀さではなく、自社に必要な人財の要件を自社の言葉で具体的に定義することが第一に必要です(図1参照)。
その定義ができれば、最適な採用手法もおのずと見えてきます。面接を繰り返すことがいいのか、インターンシップが有効なのか、リファーラル(紹介・推薦)が適しているのか。それを考えることが二つ目に必要なことです。さらに三つ目として、そのような人財を受け入れ、生かしていくための組織づくりが求められます。
図1 採用の選考時に重視する能力とは?
──自社にとっての優秀な人財の要件を定義することは、結果的に、激化する採用競争から距離を置く戦略ともいえそうですね。しかし、定義は簡単ではないようにも思います。
ゼロから定義するとすれば難しいでしょう。しかし、日々成果を上げている優秀な人財がすでに社内にいるわけですよね。そのような社員に共通する要素を洗い出すのが有効な方法の一つです。優秀な社員の要件には、データや売上額など定量的に把握できるものもあるし、周囲からの評判のように定性的なものもあります。
例えば、数字は上げているが人望はないという人もおそらくいるでしょう。そのような「生きた要件」の中から、自社にとって必要な優秀さを描いていくことが一つの道筋だと思います。
──採用戦略と経営戦略との関係についてはどうお考えですか。
非常に重要です。会社に必要な人財には、現在必要な人財と、今後必要になる人財の2種類があります。将来必要になる人財の要件は経営戦略からしか出てきません。経営戦略にもとづいて、これからの人財像に関する仮説をつくっていく作業が必要です。
──採用方法の改革を進めるための有効なフォーメーションとはどのようなものでしょうか。
方法のデザインを主導するのは人事部の役割になると思いますが、事業部門の意見を聞くことも大切です。現場で必要とされているのがどのような人財かを最もよく知っているのが事業部門だからです。
また、採用市場全体の情報をもたらしてくれる外部パートナーをチームに加えるのも有効な方法です。さらに、改革をサポートし、柔軟な発想を受け入れてくれる経営者の存在も欠かせません。採用戦略の改革に成功している企業は、ほぼ例外なく経営者が積極的に関与しています。
「キャンディデイトジャーニー」をデザインする
──採用プロセスは今後どのように変わっていくのでしょうか。
最近耳にする言葉に「キャンディデイト(求職者)エクスペリエンス"Candidate Experience"」というものがあります。エントリーから内定、入社に至る採用活動の中で、どれだけ有意義な「体験」を求職者に与えられるかということです。
就職活動の中で気持ちが揺れ動く人は少なくありませんし、内定が出てから離脱してしまう人もいます。採用プロセスをいわば「キャンディデイトジャーニー」と捉えて、その過程のエクスペリエンスをしっかりデザインしていくことによって、求職者との関係を深めていく。そんな視点が今後は求められるようになると思います。
──現在多くの企業がダイバーシティを掲げていますが、人財獲得のチャネルそのものを多様化することでダイバーシティを推進できるという考え方も成立しそうですね。
そう思います。柔軟にチャネルを変えたり、さまざまなツールを組み合わせたりしながら採用のポートフォリオをつくることによって、多様な人財を集められるようになります。必要な人財の要件が明確なら、例えば大学のゼミや授業にダイレクトにアプローチするという方法が有効だし、人数を確保することが必要ならば、従来のようにナビサイトを活用して多くの人たちにアプローチする方法が適しているでしょう。
──採用にもクリエイティビティが求められる時代になるといえそうですね。
まさにそのとおりです。リスクやコストを想定しながら、いかに自社にふさわしい採用の方法を考えていくか。今後はその競争になっていくのではないでしょうか。
Profile
1980年、神奈川県生まれ。関西学院大学経済学部卒業。神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。滋賀大学経済学部情報管理学科准教授、横浜国立大学大学院国際社会科学府・研究院准教授を経て、2018年4月より現職。『採用学』(新潮社)で「HRアワード2016」書籍部門最優秀賞受賞。現在は、企業内で圧倒的な成果を上げる「スター社員」に関する研究などを行っている。