Vol.32 インタビュー:スマイルズ代表取締役社長 遠山正道さん

仕事と私 挑戦を通じて

社員の中にある「挑戦の火種」を見逃すことのない経営者でありたい

個展の経験が教えてくれた挑戦することの意味

何かに挑戦してみたい──。そう考えるようになったのは、商社に勤めて10年ほどが経った頃でした。「挑戦」ということをそれまであまり意識してこなかったのは、会社が居心地のいい場所だったからです。特に大きかったのは、上司の存在でした。とても優秀な人で、その下で働く自分まで偉くなったような錯覚を覚えたものでした。

しかし、その上司がいなくなったら自分はどうなるのだろうと、ある時から真剣に考えるようになりました。私は決して何かに秀でた社員ではありませんでした。英語はほとんどできない、知識が積み重なっていくような業務に取り組んできたわけでもない、手に職もない。だから上司がいなくなれば、会社に居場所がなくなってしまうかもしれない。しかし、会社を出て何かをできるわけでもない──。早めに何か行動を起こさなければならないと、切実に感じたのです。

遠山正道さん

今の自分にできることは何かと考えた末に決めたのは、絵の個展をやることでした。その決意に合理的な説明をつけることはできません。絵やイラストを描くことが好きで、それくらいしか挑戦すべきことが思いつかなかったのです。しかし、それは結果としてたいへん貴重な経験となりました。未体験なことへのチャレンジは、誰だって不安です。けれど、何かを信じて行動を起こせば、支援してくれる人はたくさんいる。そんなことを、私は個展の経験を通じて知りました。

個展を開催したことよりも、行動したこと自体に価値があったと感じた私は、次なる挑戦をしたいと考えるようになりました。個展が終わってから、サポートしてくれた皆さんに手紙を書き、感謝の気持ちと「成功することを決めました」という言葉を伝えたのも、そんな高揚感があったからです。しかし、何によって「成功」すべきかがわかっていたわけではありませんでした。

新しいものは個人の必然性から生まれる

私はその当時から、挑戦とは「個人の必然性」から生まれるものであると考えていました。新しいものは、一個人の熱量の中から生まれるものだと。しかし、その熱量をもっと大きなエネルギーに変えるために、たとえば企業が備えている仕組みや信用力を活用するという方法はあり得ます。寝る間を惜しんでもやりたいことを企業の力と組み合わせることができたらとても素敵ではないか。そう考えた私は、ケンタッキー・フライド・チキンへの出向社員というその頃の立場のまま、新しいスープ専門店を立ち上げ、事業責任者となりました。それが現在の「SoupStock Tokyo」です。

事業の意義を社内に伝えるために私が書いた長い企画書のテーマをひと言で言えば、「共感」でした。互いに共感した仲間が集まって、心から納得のいくものを作って、世の中に提供する。そうすれば、そこから共感の輪が広がって、新しい事業につながっていく。それが、私が当時抱いていたイメージです。その後、この事業は社内ベンチャー企業「スマイルズ」へと発展し、さらにその8年後、私が全株式を取得して、一独立企業となりました。

私は今でも常に挑戦の機会をうかがっていますが、現在の立場では、私の挑戦はほぼ会社の挑戦と同義になってしまいます。むしろ望んでいるのは、一人ひとりの社員から挑戦の芽が生まれることです。挑戦という行為が持つドキドキする感じがいつも社内にあってほしいし、社員の中にある挑戦の火種を見逃すことのない経営者でありたいと私は思っています。

今年の1月、私は10人の社員に「ラブレター」を書きました。それぞれに異なるチャレンジのアイデアをしたため、「ぜひ、あなたにこんなことをやってほしい」と伝えたのです。もらったほうは驚いたに違いありませんが、その中から、1つでも新しいことが実現したら、必死にラブレターを書いた意味はあると思っています。

現在スマイルズは、スープのほかに、ネクタイ専門店、リサイクルショップなど、異なる4つの事業を展開しています。次にどんな事業が始まってもおかしくはありません。新しいことが生まれる環境を作ること。それが今の私の一番の仕事だと考えています。

遠山正道さん

profile
1962年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、三菱商事に入社。97年、日本ケンタッキー・フライド・チキンに出向。99年にスープ専門店「Soup Stock Tokyo」の1号店を東京・台場のヴィーナスフォートに出店する。2000年、三菱商事初の社内ベンチャー企業、スマイルズを設立し、代表取締役社長に就任する。08年に、同社の全株式を取得し独立。現在、ネクタイブランド「giraffe」、リサイクルショップ「PASS THE BATON」、ファッションブランド「my panda」など、全4事業を展開している。