キーワードで見る2019年の雇用・労働
④「同一労働同一賃金」
働き方の多様化に対応した
能力を発揮できる賃金体系の構築へ

2019.03.29 FRI

2019年は働き方改革関連法が施行され、これまで3年以上議論してきた働き方改革が本格的な実行段階に入ると同時に、新たな政策課題として浮上した外国人労働者と高齢者の雇用拡大に取り組んでいく――。日本の雇用・労働にとって大きな節目の年として記憶されることになるかもしれない。
法整備の過程では労働者の保護が議論の中心となったが、企業が取り組むうえでは生産性向上につなげる発想が欠かせない。創業時から働きやすい魅力的な職場づくりに力を入れているスタートアップ企業が日本でも増えており、改革に出遅れた企業は人財獲得競争でも劣勢に立たされていく。
2019年に注目されるトピックスのなかから、企業とそこで働く人はどんなことに留意するべきか。雇用・労働の専門家に話を聞いた。

同一労働同一賃金へのよくある誤解

「同一労働同一賃金」は働き方改革関連法の柱の1つだ。大企業は2020年4月、中小企業は21年4月に適用されるが、これに先立って賃金体系の見直しに取り組む企業も出ている。

「同一労働同一賃金の本質的な考え方や今回の法律の内容を誤解している人は少なくありません。企業の皆さんには、ぜひとも正しく理解したうえで、最も適した賃金・待遇の制度設計に取り組んでほしいですね」。雇用問題や人事管理・キャリア開発に詳しい学習院大学名誉教授の今野浩一郎氏はこのように語る。

「そもそも条文に同一労働同一賃金という言葉は登場しません。不合理な待遇の違いは是正し、基本給や手当、処遇、福利厚生などさまざまな待遇について合理的に説明できるような制度にしなさいというのが、法律の主旨です。普遍的な解はなく、企業ごとに事業内容やニーズなどに照らして、自社なりに適切な制度を構築できていればいい。ただし、雇用環境の変化が多様になっていることを考えれば、既存の賃金体系の見直しは避けられないでしょう」(今野氏)

同一労働同一賃金の本質は、「会社に対して同じ価値をもたらす労働(価値労働)であれば、払う賃金は同じであるべき」という考え方にあると今野氏は説明する。これを人事管理の分野では内部公平性原則と呼ぶ。

会社にもたらす価値とは「会社への貢献度」と言い換えることができる。貢献度をどう測るかは多様な選択肢があって、会社が社員に何を求めるかによって違ってくる。代表的な判断基準が「①職務の内容」「②職務の遂行能力」「③仕事の成果」などだ。

「①の難易度で給与を決めるのが米国で定着している職務給であり、②で決めるのが日本の一般的な賃金制度である職能給、③が成果主義賃金です。一概にどれが良いとはいえません。日本の場合、高度成長期は職務の内容もその重要度も目まぐるしく変わってきたので、職務遂行能力で賃金を決める職能給の発想が適していました。また新卒者を一括採用して社内で育成する方法が定着しているので、入社時の職務内容のレベルだけで賃金を決めるのは難しい。そこで日本では、将来の成長期待まで含めた"職能"を基準に新卒者の賃金を決めてきたのです」(今野氏)

4つの原則に即して賃金体系の見直しを

一定の合理性のあった日本の賃金体系が見直しを迫られているのは、雇用環境の変化、特に働き方の多様化の影響が大きい。

「日本の正社員の多くは、どんな職務でも担当し、就業規則の範囲内で残業にも柔軟に対応し、転勤を伴う配置転換も受け入れる。これを会社の求めに応じて無制約に労働力を供給するという意味で『無制約社員』と呼んでいます。これに対し、労働時間や職務、勤務地に制約のある社員が『制約社員』で、パート・アルバイトはもちろん、かつて多かった一般職社員や、定年後の再雇用社員なども含まれます」(今野氏)

日本企業はこれまで、無制約社員は基幹的な業務を担う基幹社員、制約社員は定型的な業務を担う補助的社員を前提に、両者の賃金体系を明確に分けてきたが、近年はそれが機能しなくなってきた。無制約社員のなかにも、育児や介護、自身の病気などで働き方に制約が出てくる人が増えている。一方、パート社員などのなかには優秀な人が多くいて、無制約社員と同等の仕事を任されるケースが少なくない。

「つまり働き方の多様化とは、無制約社員の制約社員化、制約社員の基幹社員化が進んでいるということです。同一労働同一賃金というと、派遣社員の待遇とか、再雇用したシニア社員の賃金水準といった個別問題に目が向かいがちですが、問題の本質はそこではない。多様化に対応して新たな賃金体系をどう構築していくか、総合的な視点が求められています」(今野氏)

では、具体的にどのような賃金体系が望ましいのだろうか。今野氏は、仕事のプロセスの各ステップを、4つの原則を組み合わせて賃金制度を見直すことを勧める(図1、2参照)。

図1 賃金決定の諸原則 人材確保…市場原則:社員区分によって賃金の市場相場が異なることを考慮する →能力…育成配慮原則:能力養成期(若年)には、仕事・成果より能力向上を重視する賃金とする →職務ニーズに合わせた能力の投入…制約配慮原則:同じ仕事でも、働く制約度が違えば賃金は異なる →仕事の遂行…仕事原則:同じレベルの仕事は同じ賃金とする →成果(貢献)

図2賃金決定の4原則

①同じ仕事には同じに払う
仕事原則
働く人も働き方も多様化するなか、従来の日本型の賃金制度、特に年功制を前提とした「職能給」をそのまま維持するのは難しい。今後は、職務の内容で賃金を決める「職務給」を中核にしていくのが望ましい。
②制約のアリ・ナシで賃金差をつける
制約配慮原則
無制約社員と制約社員では、労働の価値=企業への貢献度に違いが出てくる。例えば転勤に柔軟に対応できる人と、勤務地に制約がある人では貢献度が違う。これに配慮し、賃金に差が生じるのは合理的といえる。
③育成期間中の若手は能力重視
育成配慮原則
入社したばかりの新卒社員は、できる仕事が限られるので、職務内容で賃金水準を決めるのはそぐわない。例えば入社後5年間を能力育成期と捉え、職務より能力の成長期待を重視した賃金体系を取り入れると良いだろう。
④労働市場の影響も配慮
市場原則
賃金を決めるには、労働市場の影響も出てくる。例えば、中途採用のマーケットで獲得した契約社員は、同じ仕事をしている正社員とは賃金は違ってくる。また、パート社員を獲得する際、東京と沖縄では掲げるべき賃金水準が違ってくる。賃金は労働市場の動きを反映する。人財の確保においては、賃金の社内価値だけではなく、市場相場の違いに配慮する必要が出てくる。

「企業への貢献度や業務内容によって、賃金水準に違いがあるのは必然です。4原則をベースにして、各企業は改めて自社の賃金制度の考え方を再定義していけば良いのです」

法律における「不合理な待遇差」とは何を意味するのか?

法律上、「不合理な待遇差」とはどのように判断されるのだろうか。

「まず待遇の性質・目的を明確にし、それに照らして①職務の内容 ②職務・配置の変更範囲 ③その他の事情の3要素を考慮して判断します。

例えば『役職手当』の場合、その性質・目的は、特定の役職に就いた社員の報酬を上乗せし、負担や責任が重くなることに報いることだとしましょう。この場合には3要素のなかの「職務の内容」が重要と考えられるので、もし正社員と非正規社員で違いがなければ、非正規社員だけに役職手当が支払われていないのは不合理であると判断されます。

あるいは『住宅手当』の場合、その性質・目的が、会社のために日本各地に転勤する社員に対し住宅費用を金銭的に支援することだとします。すると「職務・配置の変更範囲」から見て、全国転勤のある正社員だけに住宅手当が支払われるのは不合理ではない、と判断できます。

いずれの場合も『説明できること』を重視していますので、説明根拠を明確にしておくことが必要です」

企業にとって最も重要なのは、社員の能力を最大限に発揮してもらえるような賃金・処遇の体系を構築することだ。

「雇用形態に関係なく、優秀な人に仕事をどんどん任せたいはずですよね。賃金や処遇がその足かせになっているとすればもったいないこと。法律施行を良い機会と捉え、自社に相応しい賃金・処遇をつくってほしいと思います」

Profile

今野 浩一郎氏
学習院大学名誉教授
学習院さくらアカデミー長

1973年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。
神奈川大学工学部助手、東京学芸大学教育学部助教授などを経て、1992年より学習院大学経済学部教授。
企業の人的資源管理からマクロの雇用問題まで人財に関わる分野を幅広く研究。
「『多様な正社員』の普及・拡大のための有識者懇談会」「長時間労働対策事業検討委員会」座長など数多くの公職を歴任。主な著書に、『正社員消滅時代の人事改革』(日本経済新聞出版社)など。