特別対談:2019年の雇用と労働  求められるのは「変化への対応力」「やり抜く力」 テクノロジー活用により変化に対応できる組織づくりを 山田英二氏(キャップジェミニ株式会社 エグゼクティブディレクター K.I.T. 虎ノ門大学院 イノベーションマネジメント研究科教授)×山本勲氏(慶應義塾大学 商学部 教授)

日本の雇用・労働にとって2018年はどんな年だったのか。2019年に仕事や働く環境はどう変わるのか。組織と個人はそれにどう対応すべきか。労働経済学の研究者と、世界的コンサルティングファームのエグゼクティブディレクター、2人の識者に語り合っていただきました。

──2018年6月に「働き方改革関連法」が成立。19年4月の施行を待つまでもなく、多くの企業が長時間労働の是正や柔軟な勤務形態の導入などに前向きに取り組んでいます。またRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を積極的に導入する企業が増え、HRテクノロジーが注目を集めるなど、労働・人事へのテクノロジー活用の面でも動きのあった年でした。2019年の展望をどうお考えですか?

山本働き方改革関連法で定めた多くの項目が19年4月から適用されます。先行している企業もありますが、改革の流れは19年からいよいよ本格化するでしょう。法規制は、あくまで労働環境の改善を通じて企業の生産性を高めるための契機の一つ。法律を守ればそれで良いという発想ではなく、限られた人財でどれだけ生産性を高めていけるかが最も重要です。その意味で19年は、個々の職場で実効性のある施策をどれだけ具体的に取り入れられるかが焦点になります。残業規制のように罰則が課される項目がある一方で、勤務間インターバル制のように努力義務となった項目もあります。後者の方で企業の取り組み姿勢に違いが出て、それが企業競争力の格差につながる可能性はあります。

山田実効性という意味では、意識改革が最も問われますね。例えば長時間労働についても、上司が仕事をしている間は部下が退社しにくかったり、長時間働くことが会社への忠誠心と判断されて高評価につながっていたり、職場風土や価値観の問題が大きい。もう一つはマネジメントのあり方です。ジョブディスクリプションが明確な欧米企業と違って、役割や仕事内容、責任の範囲が明確に定義されていない。日本の場合、良くも悪くもお互いの連携に配慮することに長けている半面、自分の役割や仕事の専門性の明確な定義と責任感が持ちにくい。これらが長時間労働の是正や柔軟な働き方の普及を妨げています。意識改革もマネジメントの見直しも簡単ではありませんが、それにどれだけ真正面から取り組めるか。19年は企業の本気度が試される年となるのでしょう。

山本われわれの研究チームが企業に対して実施した調査でも、自分の業務上の役割や責任が明確であるかという問いに対し、「明確だ」と答えている人の方が労働時間は短く、メンタルヘルス状態も良いという結果が出ていました。残業削減のような数値目標の達成ではなく、あくまで生産性向上のためにマネジメントのあり方や業務フローを見直すことが働き方改革の本質です。

山田もう一つ、働き方を改革するのと両輪で実施する必要があるのが、事業改革です。単純にいえば、業績の良い企業ほど社員は余裕を持って働けるので、労働時間は短くなるはず。日本企業の国際競争力が低下して、収益力が低迷していることこそ、長時間労働が常態化する構造要因の一つです。しかも人手不足が深刻化して人財獲得コストは高まり、そう簡単に人は増やせない。この状況下で生産性を維持しようとすれば労働者に負担がかかるのは自明の理です。これは現場の努力だけでは対応できない。働き方改革と同時に、業務の効率化における選択と集中を大胆に進めるなど事業構造の改革が欠かせないことを、経営者に認識してほしいですね。──テクノロジーと雇用・人事の関係についてはどうお考えですか?

山本働き方改革の目的である生産性の向上にとって、テクノロジー活用は欠かせません。国内上場企業に対する調査を分析したところ、働き方改革に積極的に取り組み、かつ新しいテクノロジーを活用した改革を進めていると答えた企業が、最も生産性が高まっているという結果が出ていました。働き方改革単体ではなく、テクノロジーとの相乗効果によって初めて生産性が大きく伸びていくのだと考えられます。しかしその一方で、AI(人工知能)やロボティクス技術の発達により、人間の仕事が奪われるという脅威論が根強く残っているのも事実ですね。

山田もしも理屈通りに、人間の機能がすべて機械に置き換われば、とっくにキャッシュレス化は進んで現金など誰も使っていないはずですね。要素技術が生まれても、さまざまな前提条件が揃わないと普及しない。むしろ人間側の理由がボトルネックになって、テクノロジーがもたらすはずの恩恵がなかなか広がらないのが現実でしょう。AIの登場を待つまでもなく、人間はこれまでもさまざまな技術革新のおかげで多くの恩恵を得てきた。人間対テクノロジーという構図で捉えることがそもそも誤りで、テクノロジーを使ってどんな素晴らしい未来を創出していくのか、前向きに考えるべきです。

山本ただ近い将来、テクノロジー活用が本格的に進んだ場合、定型的な業務の多くがAIやロボティクスに代替される可能性はあります。人間は創造性やヒューマンタッチの求められる、付加価値の高い非定型業務にシフトしていくべきですが、もし何も備えていなければ仕事がなくなってしまう人が出てきます。組織にも個人にも、変化への対応力が求められるはずです。

山田変化への対応力が必要なのは確かですね。私はその点は悲観していません。同じ企業にいても、携わったことのない業務はたくさんあるし、テクノロジーの導入で人間がやるべき仕事はむしろ増えるはずです。そこへの人財のシフトを促すことで組織は活性化するし、個人は能力を磨き、変化への免疫力をつけられるようになる。つまり人事を革新することで人と組織を活性化できる道はたくさんあるはずで、それを促すような人事管理や評価体系を構築できるかが重要なのでしょう。

山本その通りですね。新しいテクノロジーを生産性の向上やGDPの拡大につなげるために、経済学では「補完的イノベーション」が必要だと考えられています。組織改革や働き方改革が補完的イノベーションに当たります。テクノロジー活用と企業内の改革はセットで考えるべきで、テクノロジーの成果を最大限に引き出すように組織や働き方を変えることが不可欠です。

──人事部門のテクノロジー活用についてはどうお考えですか?

山本日本の人事のテクノロジー活用は、出遅れている印象があります。「HRテクノロジー」といっても、その多くはAI活用とはまだほど遠く、以前からあったITの応用だったりします。営業部門やマーケティング部門などがテクノロジー活用に基づく新サービス提供に意欲的なのに対し、人事部門では「人に対する評価・判断をコンピュータやAIに任せるわけにはいかない」という考えが根強い。定型的作業を効率化するためのIT化は進むものの、テクノロジーで人事の役割が短期間でドラスティックに変わるのは難しいと感じますが、いかがでしょうか。

山田業種にもよりますが、テクノロジーをかなり積極的に活用している例も出始めています。例えばコンサルティング会社のように固定化された業務が少なく、プロジェクトごとにメンバーが招集されてその都度チームが新たに編成されるような場合、人事部門の仕事も、オーソドックスな採用・処遇・研修・労務管理などにとどまりません。人的リソース管理をダイナミックに行っていく役割が求められます。これまで多くの企業が、営業部門、開発部門など機能ごとに組織と人財を専業化させてきました。人財の処遇・配置をある程度固定化した方が管理しやすかったからです。しかし、エアビーアンドビー(Airbnb)やウーバーテクノロジーズ(Uber)の登場でわかるように、今やITの活用で需要と供給のタイムリーなマッチングが容易になり、「業態」という区分すら不要になりました。企業での人財の処遇・配置などでも同様です。所属部署に関係なく、人財データベース化に基づいてプロジェクトに応じて最適な人財を柔軟に招集することが可能になります。こうなれば人事のあり方も社員の働き方もドラスティックに変わるでしょう。

本格的なAI時代が到来個人に求められる資質とは?
──不確実性が高まるこれからの時代に、個人にはどんな資質やスキルが求められるのでしょうか?

山本調べればわかる程度の知識や定型的なスキルの価値はどんどん下がっていきます。AIの方がはるかに得意だからです。これから求められるのは、一言でいえば「考える力」だと思います。自分はどんな仕事や働き方をすべきか。そのためにどんなインプットが必要か。あるいはAIに何を任せて、自分は新たに何をすべきか。考える習慣や態勢づくりが重要になるはずです。

山田同感です。新しいものにチャレンジして、得たものを自分の糧にしていく。それが古びたと思ったら新しいものに挑戦できる……という意味での「学習能力」が一番大切でしょう。

山本粘り強さや勤勉さなど性格的なスキルの「非認知能力」も重要だといわれています。このなかに「やり抜く力」という要素があります。何事も諦めずにやり遂げる資質がどれだけあるか。これが高い人ほど、AIなどのテクノロジーとの関わりでプラスの影響が生まれやすいことが調査でわかりました。テクノロジーの変化で、求められるスキルもどんどん変わりますが、それに対応できる「やり抜く力」のような非認知能力が求められるでしょう。

山田「変化への対応力」を鍛えておくことも重要ですね。例えば居心地の良い状況からあえて離れて、いつもと違う環境に身を置いてみる。思い通りに行かず、不快に感じたときに初めて自分の無意識の感情や価値観がわかります。受け入れ可能な不快な経験を少しずつ積み重ねて、変化への免疫をつくっていく。近い将来、プロジェクトごとにその都度チームが編成されるような時代になっても能力が発揮できるような適応力が求められるからです。組織においても、それを促すような取り組みが必要ですね。ダイバーシティの推進はその一つでしょう。多様な人財を採用するだけでなく、固定的な組織運営や人財配置を改め、多様なメンバーと協業する機会をつくっていく。変化への対応力を高めるための組織づくり、職場づくりに企業も個人もぜひ積極的に取り組んでほしいと思います。

Profile

山田英二氏
キャップジェミニ株式会社
エグゼクティブディレクター、K.I.T. 虎ノ門大学院イノベーションマネジメント研究科教授

上智大学外国語学部英語学科卒。ハーバード大学経営大学院MBA 修了。新日本製鉄株式会社で財務、総務、事業開発を担当。その後、ボストン・コンサルティング・グループで企業戦略、M&A、業務改革プロジェクトにあたる。ソロス・プライベート・ファンズ、三菱UFJリサーチ&コンサルティングを経て、2014年よりキャップジェミニ株式会社のエグゼクティブディレクターに。K.I.T.(金沢工業大学)虎ノ門大学院でビジネスマネジメント等の講義を担当。
著書に『ビジネスモデル思考』(KADOKAWA)など。

山本勲氏
慶應義塾大学商学部 教授

1970 年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。日本銀行勤務を経て、ブラウン大学経済学部大学院博士課程修了。2014年より慶應義塾大学商学部教授に。
専門領域は、応用ミクロ・マクロ経済学、労働経済学、計量経済学。労働市場を対象として、労働時間や賃金、雇用形態、ワークライフバランス、ダイバーシティ、メンタルヘルス、人財マネジメント、技術革新などのテーマについて、企業や労働者の多様なデータを用いた定量的な検証を行っている。
著書に『労働経済学で考える人工知能と雇用』など。