HRテクノロジーで人財マネジメントはどう変わる?

2019.2.13 WED

HRテクノロジーへの関心が日本企業の人事部門の間で急速に高まっている。日本で注目される背景は何か。具体的にどんなテクノロジーがどのように活用されているのか。企業の人事部門はデジタルツールとどう向き合えばよいのか。この分野における日本の先端研究の第一人者として知られる慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授 岩本隆氏に語っていただいた。

「HRテクノロジー」とは、クラウドやビッグデータ解析、AI(人工知能)などの最新テクノロジーを活用することで、採用・処遇・育成・評価といったさまざまな人事活動の効率化や質的向上を目指す取り組みの総称だ。

「海外の有力なICT企業にとって、『HRテクノロジー』は今最も成長性が期待される分野の一つです。当初はベンチャー企業の活躍が目立ちましたが、2010年代に入って大手ICT企業がこの分野に相次いで参入するようになり、潮目が大きく変わりました。最新技術の獲得やシェア拡大を狙った大規模なM&Aも活発化しています」と岩本氏は話す。

最近になって日本でも「HRテクノロジー」や「ピープルアナリティクス」といった言葉がバズワード化し、注目を集めているとはいえ、人事活動にテクノロジーを導入することへの抵抗感はいまだ根強いといえる。日本のHRテクノロジーへの投資額はまだまだ小さく、米国の1.4%程度にとどまっている。

「企業は『競争力向上のために、最先端のテクノロジーを使う』という姿勢を持つべきです。出遅れれば人財獲得競争で劣勢となり、国際競争力の低下につながります。ぜひ前向きに取り組んでほしいと思います」

HRテクノロジーへの期待が高まっている基本的な背景としては、労働力人口の減少により人財の迅速な獲得や適切な配置が求められていること、またコンピュータの基本的な性能やセンサ、カメラをはじめとする要素技術が発達し、高度なデータ解析が低コストで提供できるようになったことなどが挙げられる。さらに、「企業の競争優位性を生み出す付加価値の源泉が『モノ』から『サービス』にシフトしていることも大きい」と岩本氏は語る。

「すでに日本の国内総生産(GDP)の7割以上をICTや金融も含めた広義のサービス業が占めているという現実があり、製造業においてもサービス化が進んでいます。大量生産型の製造業では『定数』だった労働生産性が、サービス業では『変数』になる。すなわち、人財マネジメントの質の差によって、社員一人ひとりの生産性が大きく変わってくるのです。テクノロジーの活用によって人財マネジメントの質をどれだけ高められるかが、企業の競争力を左右する時代になっています」

脳波や心理状態なども人事データとして解析可能に

HRテクノロジーを活用する最も基本的なメリットは、これまで人事担当者やマネージャーの経験や判断、裁量に大きく依存していた採用・処遇・評価などを、大幅に効率化・高精度化できることだ。

すでに海外では、200〜300項目のパラメータで全社員の人事データを蓄積している企業が珍しくない。また、最近ではHRアナリティクス部門を組織している日本企業も増えてきた。HRアナリティクス部門は、ビジネス部門から依頼を受けて、HRデータベースから最適なHRデータを抽出し、データ分析を行い、その結果をビジネス部門に返す。HRアナリティクス部門には、様々なデータ分析ツールやデータ分析プログラムが整備されるとともに、データ分析ノウハウも蓄積されていく。さらにHRデータと財務会計データとを連動させることで、例えばAさんとBさんを新規部署に異動させた場合に、それぞれどのぐらいの業績向上が見込めるか、既存部署にはどの程度の損失が発生するかなども検証可能だという。

図 蓄積された様々な人事データの解析により、ビジネス部門に最適化をもたらす

あくまで最終決断はマネージャーや人事担当者が行うが、評価会議もこうした客観的なデータの分析結果をベースに進められるので、判断の公平化・適正化や会議自体の効率化を図ることができる。

また最近は、従業員の状態を高頻度で把握し、エンゲージメントの向上につなげていく手法として、「パルスサーベイ」を取り入れる企業が日本でも徐々に増えている。年1〜2回の従業員満足度調査とは別に、簡易的な調査を脈拍(パルス)検査のように頻繁に実施するものだ。

「すでに多くのベンダーがパルスサーベイのツールを提供していますが、重要なのはその結果がビッグデータとして蓄積されていることです。アンケート結果とともに、それに対し上司がどのようなアクションを取ったかを蓄積して解析すれば、自社の社員のエンゲージメントが低下しやすい原因の傾向や対処法などを把握できます」

これらのシステムの根幹となるのは、人事データを適切に蓄積するためのパラメータの設定だ。当然ながら、ここは人間がやらなければならない。

「海外ではどの企業もこの部分に時間をかけ、自社の経営理念や求められる人財像、現在の人的リソースなどを踏まえて、相当な議論を重ねて構築しています。その結果、必要な人事データが定義さえできれば、あらゆる人事活動は自動化が可能だといわれています」

これまでは数字や文字などのデータが中心だったが、最近は音声や画像、動画なども人事データとして活用することが可能だ。すでにスポーツの世界では、各選手にセンサを装着させ、プレイ中の選手の動きを可視化したり、さらに心拍数や脳波の状態、選手間で視線を合わせる頻度などまでをデータとして収集し、選手の潜在能力の解析や戦略分析に活用している。同様のテクノロジーが、人財マネジメントにも採用されつつあるのだ。

ジンズが「集中力を可視化する」として開発した『JINS MEME』はその一例だ。メガネに搭載したセンサで「瞬き」「視線移動」「姿勢」をデータとして収集し、その人が一日のどの業務でどのぐらい集中しているのかを測定・可視化。これを企業における社員の生産性向上に結びつけるというものだ。

また日立製作所は、社員の外形的な評価データだけでなく、独自開発した心理尺度を用いたサーベイを実施してビッグデータ解析し、その結果を人財配置の適正化につなげるなど、早くから人財分野へのテクノロジー活用に取り組んでいることで知られる。

「同社は、ICカードを使った社員の日常行動のデータ化にも取り組んでいます。上司と部下とのコミュニケーションの時間や頻度などが計測できるので、例えばパフォーマンスの高いチームほど、マネージャーが短時間でのワンオンワンの対話を高頻度で行っているなどといった傾向がわかってきます。さらに、脳波のような生体情報を簡単なセンサで収集・解析するシステムの開発にも取り組んでいます。これを生かせば、プレゼンテーションの際にどのような視線の動かし方をすれば緊張せず、よいパフォーマンスが出せるかといったことも分析可能です」

人事部門は「間接部門」から「開発部門」へと転換を図るべき

「テクノロジーが発達すればするほど、人間にしかできないことがより明確になる」と岩本氏は強調する。

自社の経営理念に則して、求められる人財像の根幹とはどんなものか。具体的にどんな価値観や資質、スキルや行動原則が求められるのか。また今後の経営ビジョンや事業計画に則して、部門ごとでどのような人財を獲得・育成していく必要があるのか。

どれだけデータ収集や分析の精度が高度化しても、これらの基本要素は人間が考えなければならないからだ。

現時点ではHRテクノロジーを導入すること自体が重視されがちだが、あらゆる企業が導入する時代になったら、それだけでは競争優位性にはならない。

「人事部門は、『間接部門』から『開発部門』に生まれ変わるべきです。定型的な人事業務の自動化が可能になるなかで、各事業部門やデータサイエンティストたちを巻き込んで、自社の人財の能力を最も生かせるようなHRテクノロジーの独自モデルを開発することが人事部門の新たな役割になっていくはずです。海外ではこの役割を『デジタルHRプロデューサー』などと呼んでいます。日本の人事部門も、人財を起点にイノベーションを生み出すプロデューサー集団へとシフトしていくことを期待しています」

Profile

岩本隆氏
慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授

東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータ(DI)を経て、2012年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)特任教授。外資系グローバル企業での最先端技術の研究開発や研究開発組織のマネジメントの経験を生かし、DIでは、技術系企業に対する「技術」と「戦略」とを融合させた経営コンサルティングや、「技術」・「戦略」・「政策」の融合による産業プロデュースなど、戦略コンサルティング業界における新領域を開拓。KBSでは、「産業プロデュース論」を専門領域として、新産業創出に関わる研究を実施。(株)ドリームインキュベータ特別顧問、(一社)ICT CONNECT 21理事・普及推進ワーキンググループ座長、(一社)日本CHRO協会理事、(一社)日本RPA協会名誉会員、HRテクノロジー大賞審査委員長。