組織 人財 注目されるエンプロイー・エクスペリエンス 従業員一人ひとりを中心に置いた視点がもたらす革新

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2018.12.13

年々感心度が高まってきているエンプロイー・エクスペリエンスという概念。
働く人々の多様性が増すなか、従業員の経験価値を高めていく取り組みに注目が集まっている。
エンプロイー・エクスペリエンスに関して海外の動向にも詳しいヒューマンバリューの川口大輔氏に聞いた。

エンプロイー・エクスペリエンスが重視されるようになった背景として、川口氏は主に次の3つを挙げる。

1つは「カスタマー・エクスペリエンス(顧客経験価値)」の潮流の影響だ。経済・社会が成熟化するなかで、商品やサービス自体の品質だけで差別化することが難しくなっている。そこで、企業が商品やサービスを通じて提供する体験全体の質的向上を図ることで、顧客価値を高め、企業の持続的な成長を目指していくのがカスタマー・エクスペリエンスの考え方だ。これが大きな成果を上げていくなかで、同様の取り組みを企業と従業員との関係性にも拡張していくべきだというエンプロイー・エクスペリエンスの発想が徐々に広がってきた。

「実際、従業員に対して良質な経験が提供できていない職場では、顧客の経験価値を高めるのも難しいと考えられます。エアビーアンドビーやアドビ システムズ、スターバックスなど、エンプロイー・エクスペリエンスに積極的に取り組んでいる企業はいずれも、カスタマー・エクスペリエンスの先進的企業でもあります」(川口氏)

2つ目は優秀な人財の獲得だ。以前から人財獲得競争が激しい米シリコンバレーでは、「その企業で働くことが、その人にとってどんな良質な経験に繋がるのか」が他社との重要な差別化要因になっているという。特にミレニアル以降の若い世代は、勤務先企業が自分のキャリア開発にどれだけ丁寧に寄り添ってくれるかを重視する傾向にある。この世代の活躍を促すという意味でも、エンプロイー・エクスペリエンスの発想を取り入れることは重要だ。人手不足が深刻化する日本でも、今後ますます重要になっていくと考えられる。

3つ目は、イノベーション創出のために、人と組織の能力を最大限に高め、解放することが求められていることだ。未知の分野を切り拓いていくには、人間の主体性や創造性、情熱といった要素が欠かせない。既存の硬直化した組織や職場のあり方を、従業員の目線に立って見直していくことが必要になっている。

カンパニーセンタードからピープルセンタードへ

エンプロイー・エクスペリエンスを高めるため、企業が取り組むべきことは実に幅広い。ある従業員が企業と出合い、採用選考を経て入社し、研修などを終えて配属され、さまざまな業務を通じて成長し、最終的に退職する。こうしたすべての過程(エンプロイー・ジャーニー)を、従業員の経験の質を高めるという観点で見直していく。例えば、従業員にとってどんな採用プロセスが良いか、新しく加わった従業員の受け入れ・定着プロセスであるオンボーディングのあり方はどのような形が望ましいか、上司やチームメンバーとの関係性はどうあるべきか。各々の能力が最も発揮されるような働き方やオフィス環境、評価の枠組みとはどんなものかなどが考えられる。

その本質は、人財に関するあらゆる企業活動をカンパニーセンタード(企業中心)ではなく、ピープルセンタード(従業員中心)の観点で再定義していくことだと川口氏は強調する(図1参照)。

図1:人事のフィロソフィーの転換 カンパニーセンタード(会社視点のアプローチ)[若手を成長させる、主体性を高める、社員のやる気を引き出す、リーダーを育成する、ビジョンを浸透させる]→ピープルセンタード(メンバー視点のアプローチ)[成長を支援する、主体性を解放する、経験を最大化する、機会を提供する、みんなのビジョンを共有する]

「若手を成長させる」「やる気を引き出す」という発想は、企業を主軸に置いたカンパニーセンタードに陥っているといえる。従業員の持つポテンシャルを引き出すには、従業員を主軸にしたピープルセンタードが求められる。

「例えば、エンプロイー・エクスペリエンスの一環として、オフィス環境の大規模な見直しをする例が国内外で見られます。しかし企業側の主導で新しいオフィス空間を用意して、一方的に与えようとする発想では、従業員の主体性・創造性は引き出せませんし、経験価値も高まりません。従業員が自由闊達に意見を出し合い、最適なオフィス空間作りに自ら参画する経験を与え、環境自体を整えていくことが大切です」

その意味で、従業員に前向きな経験を提供できるような企業文化・風土が重要になる。どんなに働き方改革やオフィス改革に取り組み、研修プログラムを充実させたとしても、働く現場の風土が良くなければ経験価値は高まらないからだ。

人事部門こそイノベーションの旗手

エンプロイー・エクスペリエンスの観点で人事活動を見直していくには、まずは人事部門がカンパニーセンタードからピープルセンタードへと発想を転換することが大切ではないかと川口氏は問いかける。

日本の人事部門は「採用」「能力開発」「労務管理」などの業務ごとにタテ割りの組織で分けられ、それぞれが精緻で正しい制度やルールを構築して、従業員がそれに厳格に従うことを求める傾向が強い。このような姿勢を抜本的に見直し、エンプロイー・エクスペリエンスをあらゆる人事活動の中心に据えて、従業員のために人事部門に何ができるかを各部門と一緒に考えていく(図2参照)。

図2 エンプロイー・エクスペリエンスを育む人事の役割・あり方の革新 スタンス:クローズ(閉じた関係性)→オープン(開かれた関係性) 重視すること:精緻さ・正しさの追求→実現したい姿、フィロソフィーを追及 マインドセット:間違えてはいけない(フィックスト・マインドセット)→より良くしていく(グロース・マインドセット) 社員への働きかけ:コントロール、やらせる→主体性の尊重 ナレッジ・経験の創出、循環 制度のあり方:決めたやり方の浸透→実践を通じた迅速な改良

エンプロイー・エクスペリエンスを高める方法はさまざまで、自社においてどれが最も有効なのか、事前にわかるわけではない。トライアンドエラーを繰り返し、エンプロイー・エクスペリエンスに繋がるより良い方法を探していく。

「イノベーションを生み出すためには、失敗を恐れず実験的な取り組みを積み重ねるべきだとよくいわれますが、実際には大変勇気が要ることです。ただ、人事に関する新しい挑戦はあくまで社内のことなので、失敗を恐れずに、大胆なチャレンジも行いやすいはず。そうしたチャレンジを通じて、小さな成功を積み重ねれば間違いなく企業文化を変える大きな原動力になります。人事部門こそがイノベーションの旗手として、エンプロイー・エクスペリエンスを支えるような変革にぜひ意欲的に取り組んでほしいですね」

Profile

川口大輔氏
株式会社ヒューマンバリュー 取締役主任研究員

早稲田大学大学院理工学研究科修了。外資系企業を経て、株式会社ヒューマンバリュー入社。「学習する組織」の思想をベースにした組織開発の支援やエンプロイー・エクスペリエンスの創造に取り組む。システム思考、ポジティブ・アプローチ、パフォーマンス・マネジメントなど、幅広いテーマに関する調査・研究・実践を行いながら、HRや組織変革の国内外の動向に関して発信している。