仕事の未来 インタビュー・対談 働き方 82歳でアプリ開発、若宮正子氏「『創造力』と『想像力』が人間にしかない強み。その原動力は好奇心にある」

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2018.08.10

2017年6月、米国・アップルで行われた世界開発者会議「WWDC 2017」で、ある一人の日本人女性が注目を浴びた。
話題の主は82 歳でゲームアプリを開発した若宮正子氏。帰国後、瞬く間にメディアや講演に引っぱりだこになり、今では、ITエバンジェリストとして、その活動範囲を広げ、2018年2月には、国連本部で基調講演を行った。
なぜそんなに好奇心を絶やさずに、あらゆることにチャレンジできるのか。その行動力の秘訣は何か、ご自身の仕事観・人生観を語っていただいた。

── 銀行に就職されたのが1950年代。定年までの40年間において、技術革新やOA化などによる労働の変化があったと聞きました。

入社当時は紙幣を数えたりそろばんが素早く正確にできる人が模範社員でした。いわばロボットと同じように働ける人が重宝されたんです。でも70年代から80年代に銀行のOA化が進むと、それらの仕事に携わっていた行員は、企画開発や営業に転属されました。それまで私は不器用で出来の悪い社員でしたが、業務改善提案などを思いつくのが得意だったこともあり、配置転換によって力を発揮できるようになりました。

女性だからといって風当たりが強いことはありませんでした。男性だと大卒と高卒で出世格差があったと聞きますが、そもそも女性は社内レースの土俵に上がることもできませんでした。ですが、企画開発部門の上司が理解のある方だったこともあって、自由にやらせていただきました。

幸運だったのは、時代が変化して私のように自由に発言するような人財が会社で役に立つようになったことです。上司がうまく見出してくれたと思っています。周りには、真面目に上司の意見を聞くような方が多く、柔軟に対応できる社員が少なかったというのもあるでしょうね。

世の中は常に動いていますから、10年経ったら、今では想像できないような全然違う世の中になっている可能性があります。だから、準備しすぎず、ドンと構えているのがちょうどいいのではないでしょうか。

私たちの世代でいえば電話交換手の仕事はなくなりましたが、代わりにスマートフォン販売の仕事ができました。国鉄の切符を切る仕事の代わりに、今はICカード関連の仕事があります。これからテクノロジーがますます発展するならば、サポートセンターの仕事も伸びるはず。こんなふうに、人間がお金を稼ぐために働こうとするのであれば、自然といろんな職業が生まれます。先々の計画をきちんと立てすぎるよりも、今日一日を納得できる日にしていくことが一番だと思います。

── 変化には対応していくけれど、同時に、考えすぎないバランスが大切なんですね。若宮さんが60代でパソコンを始めたお話も時代の変化に対応した例として印象的でした。始めたきっかけは何だったのでしょう?

退職後に母の介護で家にこもってしまうのが心配で、社会とのつながりを保つためにパソコンを覚えて「メロウ倶楽部」というシニアを対象としたオンラインコミュニティに入会しました。

今まで銀行の常識が世界の常識だと思っていましたが、パソコン通信でやり取りするといろんな人がいます。常識も人間の数だけある。新鮮で、ものすごく面白いと思いましたね。

私は60代からでしたが、若い方々は今からでも会社や仕事とは別に社会との接点を持ち、新しい強みを見つけるといいと思います。料理が得意ならお店を持てるくらい極めてみようとか、フランス語が好きなら現地で不自由しないレベルを目指すとか。本業以外に何か一つあれば自信になりますし、打ちのめされたときも「私はあれができる」と思えたら、へこたれずにすみますから。

私の場合は、好奇心が強すぎで「やりたいことが日々飛び込んでくる」感じです。朝早く目が覚めてしばらく布団の中にいると、「あれをやってみようか、これって面白そう」といろいろ思いついてしまいます。海外旅行でも「80’sの冒険」と称して積極的に出歩きます。今はスマホ向けの翻訳ソフトもありますし、言葉を話せなくても大丈夫です。いろんな方とお会いして話をするとよい刺激を受けられますよ。

── 今後、働く人たちにはどんな変化が求められると考えますか?

萎縮せず、たくさん失敗してそれを公開するスキルでしょうか。私がある英語教室に通ったとき、年末のパーティーで先生が私に表彰状をくださいました。「あなたがこの1年間、最もたくさんの間違いをしたおかげで、ほかの生徒も新しいことを学習できました」。クラスメイトに一番貢献したので表彰するとおっしゃるのです。失敗は自分だけでなく周りも育てるからという理由でした。

こうした経験をすることで、「人間力」が鍛えられていきます。人間力とはいわば、個人の基本OS。知識や善意のほか、俯瞰する視点や考え方が含まれます。OSが安定していれば、どんな変化に富んだアプリが搭載されても動作するようになっています。

また、試行錯誤をして多様なパターンを知ることで、クリエイティブな「創造力」やイメージを喚起する「想像力」も養われるでしょう。これはどちらも欠かせない力です。なぜなら、私たち人間とAIが最も異なる点だからです。「人間の仕事がAIに取られる」と危惧する人がいますが、私は「創造力」と「想像力」があれば大丈夫だと考えています。AIは1,000を1億に増やすような作業は得意ですが、0を1にするのは無理だからです。アップルに招待されるきっかけになったゲームアプリを開発したのは、「シニア向けのゲームが少ないから作ろう」と発想したのが始まりでした。このように無から有を思いつく、作り出すという領域はAIが入ることができません。それこそが、人間の存在意義だと思います。

今後も起こる変化を乗りこなせるよう「人間力」という自分のOSを作ること、人間を特徴づけている「創造力」や「想像力」を育てること。これらを実現するために共通するのは、やはり外部との接点を持つこととリアルな人間交流です。もちろん「その道一筋」を貫くのも尊い経験ですが、ITを含めたいろんなツールや環境が整った現代だからこそ、好奇心の赴くまま枠にとらわれずにむしろ枠から飛び出してみてもよいのではないでしょうか。

Profile

若宮正子氏

1935年東京生まれ。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)へ勤務し、定年をきっかけにパソコンを独自に習得。1999年から参加しているシニア世代サイト「メロウ倶楽部」の副会長、NPO法人ブロードバンドスクール協会理事などを務める。
2017年6月に米国アップルによる世界開発者会議「WWDC 2017」に特別招待され、9月に政府が発足させた「人生100年時代構想会議」に有識者メンバーとして参画、11月には『60歳を過ぎると、人生はどんどんおもしろくなります。』(新潮社)を上梓。国内外で講演を行うなど、ますます活動の場が広がっている。