インタビュー・対談 人財 若者のキャリア観にどう向き合うべきか【前編】

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主体性を持つことが重要視され、自分らしく「やりたいことをやるべき」という教育を受けてきた「ゆとり世代」。社会人になって数年で「ここでは、やりたいことが実現できないのでは?」という疑問を抱き、退職を決意する若者も少なくありません。その原因はどこにあり、社会や企業はどう向き合うべきなのか。ご自身もゆとり世代である教育社会学者・福島創太氏と、アデコの人事部門を統括する土屋恵子が全2回にわたり、語り合いました。

「20世紀型の学びスタイル」からの脱却とは

土屋

今日は、ご自身もゆとり世代として、等身大にして鋭くかつ広い視野をお持ちの教育社会学者の福島さんとの対談ということで、大変楽しみにしてきました。2020年から新学習指導要領が小学校で全面実施され、翌年、翌々年で中学・高校へと広がっていきますね。教育現場の反応はいかがでしょうか。

福島

私は今回の教育改革に向けて、学校の先生方に対して新たな学びの場を届ける取組みをしていますが、新指導要領の施行が近づくにつれて現場の本気度が高まっているのを実感しています。

土屋

少子化の進行とグローバル化の拡大で、確かな教育観の必要性が浮き彫りになってきました。先生方の本気度の根元はどこにあるのでしょうか。

福島

最も大きいのは、従来の授業が「教員が生徒に知識を授ける」ものだったのに対して、生徒が主体的に学ぶ意欲を育むことを重視するようになったことです。昨今話題になっている「アクティブ・ラーニング」や「主体的・対話的で深い学び」というのはそれを表しています。先生方自身が子どもの頃そういった教育を体験したことがないのですから、困惑されるのもうなずけます。

土屋

ちょうど福島さんの世代あたりから「ゆとり教育」が教育改革として展開された時期がありました。いずれも大きな改革だと思います。当時と比べて導入などに違いがありますでしょうか。

福島

ゆとり教育と今回の教育改革は、根本のところでは類似性が高いと感じます。ゆとり教育は、それ以前の点数主義から、「主体性や創造性の獲得を重視していこう」というものへの変革でした。しかし、教員の多忙さという問題もあって、現場での具体的な実践や必要なスキルの形成に大きな課題がありました。今回同じ轍を踏まないためには、スキルを磨いたり授業の仕方を工夫するだけでは不十分です。教員の教育観やメンタルモデル(価値観)にもアプローチをしていかないと、安心安全で豊かに学べる環境を整え、生徒の主体性や創造性を育むことは難しいと思っています。

土屋

ゆとり教育は何かと批判の的になってきた側面もありますが、知識偏重の「詰め込み教育」から、より本質的な思考力を育てていこうという基本姿勢は重要なポイントだと思います。事実、ゆとり世代には、非常にしなやかな思考力を持っていらっしゃる方も多いと感じています。教育改革と併せて、これには当時、終身雇用のシステムが変わり始めた、というような社会的な時代背景もあったのではないかと思います。良い大学、良い会社といった決められたキャリアだけでは難しい。自分なりに何をしたいかを考えなければいけない。チャレンジしていかなければいけない。とはいえ、当時はそのような自分の将来を投影すべきロールモデルが存在していなかったために、自分なりにトライ&エラーでやってみる。キャリアには「これさえやればオーケー」という「誰かが決めてくれた正解」はない。そのうえで、しなやかに考えて行動してみて、自分のやりたいことを大事にしながらキャリアを自分で築いていく、そういった方が働く若手のなかで増え始めた時期のように感じます。教育のほうではいかがでしょうか。

福島

そうなんです。あらかじめ想定された「正解」を探す、というフレームワークはそのままに、主体性という価値を生徒に届けようとした結果、「先生に求められる主体性」を探す、という矛盾を起こさせてしまった。その意味では「隷属する主体性」を育ててしまった部分もあったように思います。

再チャレンジを支援する体制の不在

土屋

福島さんは、ご著書『ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのか? ――キャリア思考と自己責任の罠』 (ちくま新書)でもお書きになられているように、「ゆとり世代」の若者の転職の増加について、フィールドワークと分析を重ねられてきました。

福島

入社3年以内に3割が辞めてしまう、ということはよく知られていますが、入社後2~3カ月で退職する人や、転職を繰り返す若者もいるのです。彼らのその後のキャリアに私は不安をいだいているのですが、多くの人は彼らの「自己責任」と言います。こうした状況を私は「自己責任化社会」と呼んでいるのですが、社会構造によって発生したリスクや不利益を、一見個人の判断の結果に見えるという理由で、自己責任化しすぎる傾向が今の日本にはあります。しかしグローバリゼーションを背景にした経済競争の激化など社会構造が変化し、企業が長期で人財を育成する役割を果たせなくなってしまったことも大きな理由なのです。そうすると、彼らのキャリア形成や社会人としてのスキルを身につけるための教育を誰が引き受けるのか。ここに大きな課題があると考えています。

土屋

欧州では、変化の著しい時代のなかでより良い未来を探求する流れから、社会や企業が若者の技能を育てよう、あるいは中堅世代のキャリア転換や学び直しを支援しようという意識も強くなってきています。世代を問わず、一人ひとりが経験を広げることが社会としてニーズが高まる一方、今は、新しいスキル・技能を使いこなせる若手の感性も必要になってきています。

福島

そこで日本が欠如しているのは、学び直しを支える仕組みではないかと。学び直しを享受できるのはトッププレイヤーに限定されているという現状もあります。全体として、学び直そうという意識が低い傾向にあることも指摘できます。でもそれを「自己責任」で片づけるのではなく、セーフティネットとなるような社会インフラとして学びの場が整備されていかないと、根本的な解決が図れないのではないでしょうか。その意味では、福祉国家における積極的労働市場政策モデルの、「フレキシキュリティ(flexibility+security)政策」は注目に値します。デンマークで生まれたこの政策は、企業の従業員解雇が容易になるという側面もありますが、雇用の流動化や再就職までの手厚い失業手当、さらに高度な職業訓練などによって、被雇用者の再挑戦が可能になります。これは企業にとっても、働く人にとってもメリットがあるものだと考えます。

「学び」の場はどこにでも存在する

福島

若年層向けの社会人スキル育成の場としては、名刺交換や電話のかけ方などのいわゆるビジネスマナー系のトレーニングが多く、もちろんそれも必要ではありますが、仕事を始めてから必要となる学びが十分に実現できているとはいえません。

土屋

本来の「学び」は、人と人との関わりのなかで得られるものだと思います。私は過去に、当時日本でも質の高い授業を展開しているMBAスクールに参加したことがありました。そのなかで得るものが最も大きかったのは、授業もさることながら、授業の後の講師も交えた対話でした。さまざまな立場や業界、組織の人と触れ、ざっくばらんに話し合いを重ねることで、今までの自分の物の見方が変わったり、疑問を持ったり、新たな広がりを持った視点や気づきを得ることができました。これは一例ですが、「学び」をもっと広義に捉えれば、自己を成長させてくれる場は、社会人になっても、というか、むしろ社会人になってからこそ、変化に満ちた日常の対話のなかで、職場あるいはそれ以外にもいくらでもあるはずなんです。

福島

同感です。企業はロジカルシンキングやプレゼンテーションスキルなど、わかりやすいスキルの研修にはお金や時間をかけますよね。しかしそれ以外にも、学ぶべき機会はもっと多くあります。例えば、さまざまな古典的名著をひもといたり、それに対してディスカッションをして多様性に触れたりするといった教養に触れるなかで、自己の価値観を相対化していくことができます。そのなかで「もっと学びたい」、「何かをやってみたい」という「本当の主体性」が育まれていきます。「先生が求める主体性」を演じるスキルに長けても意味がありません。何をすればいいのかが最初からわかっているゲームは楽ですが、新しい発見や深い喜びはそこにはないでしょう。

土屋

正解探しを止めないまま、主体性を追い求めては、イノベーションは起きにくいということですね。企業も、短期的なアウトプットだけではなく、例えば、主体的な学びが生まれる機会をデザインする取組み。そこから生まれる新しい発見や、何かを達成したり貢献したときのワクワク感、多様性から生まれる広い視点。これらを中長期的な視点で、教育はもちろん、働く場でも世代を超えて重要なものとしていく時代になってきていると思います。

スペシャル対談:福島創太氏、アデコ 土屋恵子

Profile

福島創太氏
教育社会学者

1988年生まれの教育社会学者。早稲田大学法学部卒業後、株式会社リクルートに入社し、転職サイト「リクナビNEXT」の企画開発等に携わる。退社後、東京大学大学院教育学研究科修士課程比較教育社会学コースに入学し、修了。現在は株式会社教育と探究社で、中高生向けのキャリア教育プログラムの開発等に従事しつつ、同大学院博士課程に在学中。

土屋恵子
アデコ取締役
ピープルバリュー本部長

主にグローバルカンパニーで20年間以上にわたり、ビジョンの実現に向けて個人と組織が個性と強みを生かして共に成長することを基盤に組織開発をリードする。人事部門の統括責任者として、チームと共に日本およびアジアのリーダーシップ開発、人財育成、制度策定・浸透などを展開する。2015年より現職。ケース・ウェスタン・リザーブ大学経営大学院組織開発修士課程修了。