―スポーツ指導におけるグロースマインドセット―
チーム全員をグロースマインドセットに導くことこそ指導者の役割

2018.7.25 WED

昨今、産業界ではグロースマインドセットに取り組む企業が増えはじめている。同時にスポーツの世界でも、グロースマインドセットを重視した指導法をいち早く取り入れ、多くの成果がもたらされている。具体的にどう活用し、どんな効果が期待できるのか。ラグビーU20(20歳以下)日本代表ヘッドコーチなどを務め、選手の自律性・主体性を引き出す独自の指導法で知られる、チームボックス代表取締役CEOで、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターを務める中竹竜二氏に聞いた。

才能ある選手ほどフィックストマインドセットになりやすい

「私がスポーツ指導者として取り組んできたのは、選手自身も気づいていない強みや潜在的能力を見抜き、成長への期待値を最大化すること。その高い期待値に必ず到達できるのだと選手に語り続け、本人に確信させることでした。つまり、選手の意識やマインドセットに徹底して働きかけていく。ドゥエック博士の著書『「やればできる!」の研究』(原書タイトル『MINDSET』)でグロースマインドセットの概念(下表参照)を知ったときは、私が実践してきた指導哲学が間違っていないのだと思いました」

中竹氏は、自身の指導法とグロースマインドセットの関係性についてこのように語る。

グロースマインドセットとフィックストマインドセット
グロースマインドセット フィックストマインドセット
人は努力次第でいつでも変わることができるという信念に基づくマインドセットのこと。グロースマインドセットを持つ人は、自分も含め人はみな成長するものと考える。そのため、失敗しても絶対にそこから学ぶことができると信じているので努力することも厭わない。 自分の能力、人の能力、他者も含め、能力はそもそもあまり変わらない、生まれ持った能力がその人を決めるという信念に基づくマインドセットのこと。フィックストマインドセットを持つ人は、能力は変わらないと考えるので、自分の能力をより証明したがる傾向にある。そして人が見なかったら努力しないなど、挑戦を軽視する。

実は才能に恵まれたスポーツ選手ほど、フィックストマインドセットになりやすいという。並外れた体格と運動能力を持ち、早くから頭角を現してきたような選手は、自分の強さが「努力」や「成長」で得られるものではなく、「才能」のおかげだと思ってしまう傾向があるからだ。この心理状態のままだと、選手は努力を軽視するようになってしまう。

もちろん現実は甘くない。特に近年では、選手の能力や資質、プレイ内容の特徴といった情報分析のスピードが迅速化されている。ひとたび国際試合に出れば、その選手の強みは世界中に知れ渡り、分析しつくされ、活躍するのがどんどん難しくなっていく。

「結局、才能があってもそれに頼っていては勝てません。グロースマインドセットを備えて成長を目指すことは、一流選手になるために必須の条件です」

マインドセットの変革はいつでもできる

マインドセットは固定的なものではなく、本人の努力や周囲の適切な指導によって変えることが可能だと、中竹氏は強調する。

「ドゥエック博士も肯定していますが、私も指導者としての経験から、マインドセットはいつでも変えることができると考えています。コーチングディレクターとしてコーチを指導するときは、チーム全員をグロースマインドセットに変革できるよう導くことが重要であると伝えていますし、真の指導者はそのことを実現するのが仕事だとも捉えています。実際、私も一指導者として、選手をグロースマインドセットへと促すよう指導してきました」

具体的な指導において中竹氏は、1対1の面談機会を頻繁に持ったり、個々の目標に向けたシナリオワークに取り組むなど、選手とのきめ細かいコミュニケーションを重視している。選手と向き合うとき、指導者のなかには育てるためといい、叱咤激励のつもりでダメ出しを繰り返すタイプもいるが、それでは逆効果だと中竹氏は考える。しかしながら、反対に単に褒め言葉を並べれば良いというわけでもない。選手のマインドセットを変えるためにも、誰よりも指導者が選手の成長と可能性を信じ、同じように、選手本人も信じられるように伝え続けることこそが大切と指摘する。

「まず指導者である私が、その選手のあらゆる能力や可能性について、考えたり分析したりする時間を十分にとります。そして、どれだけ高い潜在能力があって、今後どれぐらい成長できるのかを、1対1の面談を通じて説明していきます。こうしたやり取りを経て、選手自身に『超えられないかもしれないハードル』としてではなく、『当たり前に到達できるゴール』と認識させ、さらに高い目標値を設定してもらう。そうすると、そのゴールを目指すなかで、選手のマインドセットも変わり、必ず成長します」

中竹氏がラグビーU20(20歳以下)日本代表ヘッドコーチを務めているときに体格や運動能力に恵まれた一人の代表選手がいたという。

「その代表選手は、日本人選手との国内試合では抜群の成績を上げるのに、国際試合では本来の力を出せていませんでした。こういう場合に、周りが『あの選手は国際試合に弱い』『世界では通用しない』などとレッテルを貼ってしまうと本人もそう思い込んでフィックストマインドセットに陥り、成長できなくなってしまいます」

そこで、その選手が国際試合でも活躍できると信じていた中竹氏は、選手がフィックストマインドセットにならないよう、何度も面談し、実力を発揮できない理由を選手と一緒に丁寧に探った。

「体格差に圧倒されるケースもありますが、彼の場合は、『自分は日本代表チームに残れるのか』と、周りの評価を気にして試合に集中できていないというのが理由だと分かりました。そこで、彼にはそのように考えて萎縮するのは自分にとってもチームにとってもマイナスであることを伝えました。日本代表に残ることを目標にするのではなく、世界と渡り合うプレイを心掛けること。そのような挑戦する気持ちを持ち続けることで自分の可能性を伸ばすことが重要だと、マインドセットを持っていき、本来のプレイに没頭できるよう意識を変えていきました」

こうしたコーチングの結果、彼はその能力を国際試合でも発揮できるようになったという。

「OFF the Field」の充実がパフォーマンスを高める

グロースマインドセットを重視した指導法は、安易な楽観主義とはまったく違うと中竹氏は強調し、個々の目標に向けたシナリオワークに取り組むことの大切さを語る。

「最終的な成長や成功を確信しているからこそ、その過程で直面するさまざまな困難や失敗を前向きに捉え、それを成長の糧とすることができる。具体的には、選手たちと『最悪のケース』を想定したシナリオワークを取り入れています。障害があれば、『逆境を乗り越えて成功する』というストーリーが生まれます。指導者と選手が本気でそのストーリーを信じられれば、困難を前向きに打ち破ることができます」

また、指導者として中竹氏が重視している点に「OFF the Field」、つまり試合や練習以外の時間の過ごし方がある。

「ラグビーの才能だけで良いと思い込んでいるフィックストマインドセットの選手は、日頃の生活態度を軽んじてしまうことがあります。チームメイトへのサポートは日常生活から取り組むべきこと。それができないと、試合でも良いチームプレイができません。逆にグロースマインドセットの選手は、自分の成長や成果がチームメイトの協力によって得られたものだと思うことができる。そういう選手は、自然に自分のことだけではなく、チームメイトに気を配ったりサポートしたりしようとするものです。過去の指導の経験から見ても、「OFF the Field」がどれだけ充実しているかは、選手たちのパフォーマンスに直結しています」

そこで中竹氏は、選手たちの人間性の部分まで見て指導するようにしているという。

「U20の選手を指導していたとき、並外れた運動能力とセンスを持っていて期待値が高いのに、チームメイトと連携がうまくいかず、活躍できない選手がいました。彼の生活態度を観察してみると、性格は穏やかなのですが、寡黙で口下手なので食事のときはいつも一人。また、合宿所のスタッフへの気遣いが足りず、食器の後始末なども雑で汚い。これではダメだと、日常生活を省みるように促し、一日に一言でいいからチームメイトと会話するように指導しました」

この結果、数日後には明らかに選手とのコミュニケーションが図れるようになり、効果的なパスプレイができるようになったという。こうした積み重ねがグロースマインドセットを育み、選手やチームの成長につながるのだ。

本人も気づいていない強みや潜在的能力を見抜き、成長への期待値を最大化する。高い期待値に到達できることを本人に確信させ、グロースマインドセットに導く。メンバーの「OFF the Field」を充実させることを重視する──中竹氏の指導哲学は、企業の人財育成や人財マネジメントにおいても大いに参考になるだろう。「真の指導者はチーム全員のグロースマインドセットの変革を導くことが仕事」という中竹氏の言葉を、しっかりと受けとめたい。

Profile

中竹竜二氏
株式会社チームボックス 代表取締役CEO
日本ラグビーフットボール協会 コーチングディレクター

1973年福岡県生まれ。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所を経て、早稲田大学ラグビー蹴球部監督就任。2010年、日本ラグビーフットボール協会「コーチのコーチ」指導者を指導する立場であるコーチングディレクターに就任。2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチを経て、2016年には日本代表ヘッドコーチ代行も兼務。2014年、企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックス設立。2018年、コーチの学びの場を創出し促進するための団体、スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。