仕事の未来 組織 人財 イノベーションに欠かせない “健全な対立”

  • このページをFacebookでシェアする
  • このページをTwitterでシェアする
  • このページをLinkedInでシェアする
2018.05.09

人財の多様性が進んだだけでイノベーションが生み出されるわけではない。社内の摩擦も増え、コミュニケーションの質を低下させてしまうおそれもある。日本の働く現場において効果的にダイバーシティ&インクルージョンを進めていくにはどうすればよいか。実践法やポイントを専門家に聞いた。

経営トップの強いメッセージがインクルージョンの原動力となる

「ダイバーシティ&インクルージョンを経営戦略の中に明確に位置づけることが第一歩です」
こう語るのは、米国におけるダイバーシティの取り組みに早くから注目し、国内でのダイバーシティ推進やワークライフバランスの実現に注力してきたクオリア代表取締役の荒金雅子氏だ。
「多様性への対応はCSR活動ではなく、あくまで企業の競争力強化が目的。ただ、短期的な業績にはつながりにくいため、前向きに取り組んでいくメッセージを経営トップが全社的に発信していく必要があります。海外では担当役員としてチーフ・ダイバーシティ・オフィサー(CDO)が当たり前に置かれ、組織開発の一環として取り組むのが主流になっています」

日本の場合、「女性活躍」だけにフォーカスしてダイバーシティを捉えることが多かったが、最近は経営層の意識が高まり、より包括的に取り組む例が増えている。
「女性はもちろん男性の中にも、共働きで家事育児をしている若手もいれば、親の介護を担っている中間管理職もいる。長時間働くことをよしとするような労働観や、お酒の席で親睦を深めるという日本的な慣習が苦手で、ストレスを抱えている男性管理職も少なくありません。性別や属性にかかわらず、働き方に対する考えや悩みは多種多様。社員一人ひとりのモチベーションを高め、能力を発揮してもらうためにも、外からは一見分かりにくいこうした“心理的な多様性”に配慮することが大変重要になっています」

ただ現実問題として、女性活躍にまったく取り組んでいない企業が、より包括的なダイバーシティ&インクルージョンに取り組もうとしてもうまくいかない、と荒金氏は付け加える。
「女性が生き生きと活躍している企業は、ほかのさまざまな多様性にも対応できています。ダイバーシティ推進のための足掛かりとして、経営陣が女性社員の声を吸収する仕組みを構築することは、誰もが働きやすい職場環境をつくり、多様な価値観のインクルージョンを進める上でも有効です」

“健全な対立”を歓迎し多様なエネルギーを生かす

ダイバーシティが企業内で浸透していくには、「抵抗」「同化」「分離」「統合」の4つのプロセスがある(図1参照)。目指すべきは最終段階の、多様性を生かしてイノベーションにつなげていく「統合=インクルージョン」だ。
「そのためには、異なる価値観や意見のぶつかり合いが重要だといわれます」
しかし意見を言い合った結果、感情の溝が深まれば、組織の力が低下してしまう可能性もある。
ここで求められるのは、組織内に「ヘルシーコンフリクト(健全な対立・衝突)」を醸成することだ。信頼関係を前提とした上で、お互いが意見をぶつけ合い、時には不協和音を生むような緊張感のある議論へと発展させる。その結果、組織が活性化し、イノベーション創出の契機にもなる。

図1 自社における浸透度合いは? ①抵抗 多様性の存在を否定し拒否する状態。 例)女性用トイレを整備していない、障がい者はできるだけ採用しない、配慮しないなど ②同化 違いを無視し、既存の行動規範の遵守を求める段階。 例)体力や性差を考慮せず、男性と同じ働き方を女性に求めるなど ③分離 違いを認めるが、組織全体の変革ではなく特定の職場や分野だけで受け入れる段階。 例)企業イメージアップを目的にしたダイバーシティ推進 ④統合(インクルージョン) 違いを受け入れ尊重し、組織の変容のために生かし競争力強化やイノベーションにつなげる段階。 ※谷口真美(著)「ダイバシティ・マネジメント―多様性をいかす組織」を基に作成

「とはいえ、昔から和を重んじるのが日本人。社員間で対立や緊張感が生じてしまうのを嫌がる人は多く、ヘルシーコンフリクトを醸成するスキルは不足しているのが現状です」
特に重要なスキルが「ファシリテーション(図2:ファシリテーション参照)」だと荒金氏は強調する。
「さまざまな意見を建設的な方向に収束するように促したり、中立的な立場から議論を深めるようなコメントをしながら、その場にいる人々が自分たちで答えを導けるように支援するのがファシリテーションです」
これは、インクルージョンを促すために、人の内面に深く切り込み、新たな気づきを与える大切な役割となる。
「社員同士のディスカッションの場に外部のファシリテーターに参加してもらうと、その意義が体感できると思います。併せてファシリテーター型リーダーの育成に取り組むことで、多様な人財を率いるマネジメント力が向上します」
またマイノリティのキャリア支援や相互理解を日常的に深める手法としては、「メンタリング(図2:メンタリング参照)」が有効だ。メンタリングとは、経営幹部や管理職が助言役(メンター)として、マイノリティ社員のキャリア相談や心理的な悩みなどを定期的に聴く場を設けることで、人財の育成とコミュニケーションの向上を図るものだ。「例えば男性役員が女性幹部候補のメンターになり、半年から1 年程度、個別の面談を行います。女性社員の成長を促すだけでなく、相互理解が進み、男性役員側のヒューマンスキル、マネジメントスキルの向上にも大きな効果があります。ダイバーシティに対する経営層の意識改革の手段としても活用できるでしょう」
このほか最近は、アンコンシャス・バイアス研修(図2:アンコンシャス・バイアス研修参照)を導入する企業例が増えている。
「ダイバーシティを突きつめると、人種問題や性差別など、デリケートな問題にもつながると考え、積極的に語ることを躊躇してしまう人もいます。しかし、アンコンシャス・バイアスは誰もが持っている価値観の偏りや傾向です。そのためアンコンシャス・バイアス研修は誰にでも受け入れやすく、ダイバーシティ&インクルージョンの機運を無理なく高めていける利点もあります」

図2 ダイバーシティ&インクルージョンに有効な3つの手法 ファシリテーション ファシリテーターが中立的な立場から社員間の利害などを超えた対話を促し、組織の関係性を高めながら、課題解決に導く手法。はじめはプロのファシリテーターに入ってもらい、部署ごとの意見交換ミーティングを開催するのが有効。 メンタリング 経験豊かな成熟した年長者であるメンターが助言役となり、対象となるメンティーと1対1で、半年から1年程度、面談を通じてキャリア形成や心理的な支援を受ける仕組み。ダイバーシティでは、マイノリティの早期育成や相互理解を深める手段として有効。 アンコンシャス・バイアス研修 無意識の偏見が、個人や職場にもたらす影響とその取り扱い方を知るための研修。自覚を促すテストやバイアスの具体例を知り職場にある偏見や固定概念を語り合い、その対処法を理解する。採用、評価、役割付与などの際に偏見や固定概念にとらわれず適切に能力を見極めるのに有効。

Profile

荒金雅子氏
株式会社クオリア
代表取締役

都市計画コンサルタント会社、NPO法人理事を経て、株式会社クオリアを設立。女性のキャリア形成や能力開発に取り組み、企業・自治体・労働組合・大学などにおいて講演や研修を行っている。近年は、ダイバーシティにおけるインクルージョンの普及に力を入れており、組織開発、ファシリテーション、女性のリーダーシップ開発、働き方改革のコンサルティングなどで多くの実績を持つ。