仕事の未来 組織 働き方 人事評価見直しへの指針と留意点

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2018.03.06

「環境変化のスピードに対応できていない」「経営ビジョンとの結びつきが弱い」 「求める人財像がわかりにくい」など、日本の人事評価には多くの問題点が指摘されている。では具体的に、どう見直せばよいのか。人事部門の今後のあり方のヒントや、「ノーレーティング」の導入可能性を、有識者へのインタビューから探る。

「組織のなかで、メンバー同士が賞賛・激励・叱咤・共感といったコミュニケーションをすることも広い意味で『人の評価』といえます。多くの日本企業では、この関係性を複雑で緻密な、しかも報酬と結びついた『評価制度』として構築、運用してきたたため、組織に一体感をもたらすことやモチベーション向上につながらなくなっている面があります」
人事評価の実態に、学術的に着目し続けてきた名古屋大学准教授の江夏幾多郎氏はこのように語る。
日本では、職能資格制度にせよ目標管理制度にせよ、公平性や客観性を重視した結果、制度全体が複雑でわかりにくいものとなり、そこに込められた経営のメッセージが伝わりにくくなっている。その弊害は、社内人財の多様化が進むなか、AI(人工知能)の専門技術者など新たな能力を備えた人財の登用をも難しくしてしまうことになるという。
「人財獲得競争で優位に立つためにも、人事評価によって社員一人ひとりが自身の価値や目標を描きやすくする。そのような組織内コミュニケーションの基本に立ち返り魅力的な人事評価の枠組みの構築が不可欠です」(江夏氏)

給与や昇進決定に評価表は不要評価を担うのは各部門へ

では具体的に、どのように評価制度を見直すべきか。
「細かい議論はさておき、日本企業も人事改革を行うために、思い切ってノーレーティングを導入してみてはどうでしょう?」
こう語るのは人財・組織変革のコンサルティングを専門とするエム・アイ・アソシエイツ代表取締役社長の松丘啓司氏だ。ノーレーティングの導入は、人事制度のあり方を見直す契機になるという。
「人事評価をなくしたら、昇進・昇格や給与はどうするのだといわれます。しかし、短期業績に基づくレーティングに従って等級を決めること自体に問題があります。職場ごとに、直属の上司をはじめ関係者が集まり、社員の能力や成果、今後の成長性やキャリアプランなどについて話し合う会議(タレントレビュー)を行い、議論して決めればいいのです(図1昇進・昇格の決定参照)。給与の決定にはテクニカルな問題もありますが、それほどハードルは高くありません」(松丘氏)
日本の給与体系は、基本給は等級に、賞与は短期的な業績と連動するケースが多い。タレントレビューで等級が決定されれば、基本給が決まる。一方の賞与は本来、企業の利益の一部を従業員に還元するものだ。そこで「営業利益の◯%を賞与原資とする」と決め、それを各部門の業績に応じて配分する。あとは部門内での話し合いとなる。今期の成果やチームメンバーの貢献度合いなどについて議論し、配分を決めてもらえばよいと松丘氏は解説する。
「各部門に賞与原資を配分して、自分たちで賞与額を決める方法は、米国企業ではよく見られます。日本の場合、賞与は一般に基本給の数カ月分として決まりますので、それを算定基盤とし、『A さんは120%、B さんは90%』というように成果に応じた案分を取り入れればよいでしょう(図1給与の決定参照)」(松丘氏)
江夏氏も松丘氏同様、「できるだけ各部門に評価を任せることが極めて重要」と口を揃える。
「業務に必要な資質や能力、あるいは成果を出す人財像などは、部門ごとに異なります。そのような人財を最も適切に評価できるのは同じ部門の人々であるはず。人事部は評価を主導するのではなく、全社的な戦略上・財務上の整合性が保たれた範囲で柔軟性の高い評価の枠組みをつくる。そして実際の評価活動はできるだけ現場に任せるべきです。人事評価に対する問題意識や責任感が生まれた各部門の活動を支援することが、人事部には求められます」(江夏氏)

図1:レーティングに対する疑問点 昇進・昇格の決定 Q1年次評価なしで、どのようにして昇進・昇格を決めればよいか?/A1もともと昇進・昇格は短期業績によって決めるものではない。各部門が実施するタレントレビューを重視すること。 給与の決定 Q2年次評価なしで、どのように給与を決めればよいか?/A2基本給は等級に対応させるのが一般的な考え方。賞与は短期業績の応じて支払うが、部門やチームに賞与原資を渡して、そのなかで配分する方が柔軟性があり、納得感も高められる。

新事業部門に新しい枠組みを導入評価改革の試金石に

人事評価の見直しの必要性はわかってはいても、ノーレーティング導入のような急激な刷新は難しい、という企業は多いだろう。
「現実的な改革案として『1国2制度』的な手法、つまり社内の特定の事業部門や子会社だけに新しい人事評価を取り入れることも一案です(図2 参照)」(松丘氏)
最近は、IoT(モノのインターネット) やフィンテックなどに対応するため、自社内にスタートアップ的な新事業部門を創設する企業も多い。そこで求められる人財、その働き方や、目指すべき成果は、既存の業務部門とは異なる。その部門にノーレーティングなどの人事評価の枠組みを導入し、良い成果が出たら、徐々に全社の人事評価にも取り入れていくのである。
「完全に異なる評価制度にはせず、等級や賞与配分の基本ルールなどは揃えておけば、給与などに極端な違いが生じることを防ぎ、公平性を確保できます。日本でも、子会社だけ異なる人事評価を導入する例は出てきています。一部に試験的に新しい評価を取り入れる方法は、日本企業に適しています。
現在の目標管理制度は達成度を評価する仕組みなので、失敗はなかなか評価されません。しかしイノベーションは、小さな挑戦と失敗の地道な積み重ねによって初めて生み出されるものです。イノベーション創出につながる挑戦が期待される部門こそ、柔軟な評価制度を積極的に取り入れるべきです」(松丘氏)

図2:これからの評価制度アプローチ 〈対象組織〉レガシービジネス…(1)全社的刷新/(3)1on1先行、ニュービジネス・そのほか(本社など)…(2)1国2制度/(3)1on1先行 〈取り組み内容〉パフォーマンス・マネジメントの再設計(人事制度など)…(1)全社的刷新/(2)1国2制度、1on1(ピープルマネジメント)の導入…(3)1on1先行 (1)全社的刷新…既存制度の改善ではなく、あるべきパフォーマンス・マネジメントを再設計し導入。 (2)1国2制度…VUCA(※)適応の必要性が高い部門などにおいて、あるべきパフォーマンス・マネジメントを導入。その後、全社展開。 (3)1on1先行制度は大きく変更せずに現場における1on1の導入・定着化を先行し、段階的に制度変更に着手。 ※Volatility(不安定さ)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(不明確さ)の頭文字。これまでの社会の在り方が大きく変化する現代を表す言葉。

「感情」や「内的動機」に働きかけることの重要性

欧米では評価制度の見直しと同時に、上司と部下による1on1の面談を頻繁に行う企業が増えている。面談の際の上司の心得について、松丘氏に聞いた。

「どのような目標を設定し、それに対しどう行動すべきか。その結果はどうだったか。改善すべき点はどこにあり、それを踏まえて次の目標と行動はどうすべきか、これらを考えるのは、あくまで部下本人です。上司の役割は、部下の経験学習がより効果的なものになるよう支援することです。また、目の前の目標だけでなく、3~5年後のキャリアビジョンも共有し、キャリア形成を促すアドバイスもしていきます。事細かに口出しするのではなく、あくまでコーチング的な会話によって本人の主体性や責任意識を引き出すことが重要です(図3参照)」(松丘氏)

部下の成長支援というと、能力やスキルの育成を重視しがちだ。しかし、より重要なのは、本人がどんなときにモチベーションが高まるのかという内的動機、仕事や人生において何を大切にしているかという価値観を理解することだと松丘氏は強調する。

「管理職のみなさんも、仕事を通じて達成感を感じたときや、自分の成長を実感したときを振り返ってください。仕事に対して前向きになれた心理的な要因が必ずあったはずです。部下の育成においてもその点を意識してほしいのです。それこそが本人の強みとつながっているからです。1on1の面談でも、相手の内面を深く理解することを目指しましょう」(松丘氏)

江夏氏も、上司と部下とのコミュニケーションを通じて、信頼関係や感情的なつながりの構築が大切だと語る。

「評価の実態を探るため、日本企業の現場を長期間調査したときのこと。目標管理制度を上手に運用できていないが、だからといって職場に弊害が出ているわけでもないという現場が少なくありませんでした。そんななかでも社員が仕事に前向きでいられたのは、『上司が自分を信頼してくれている』といった感情的なつながりがあったからです」

人事評価の納得感の源泉は、客観性や公平性以外のところにもあるという。

「あの上司が評価にかかわったのだからと、納得することもあります。1on1の面談は、現場の良好な関係性やプラスの感情を醸成する機会として活用する。その流れのなかで『ついで』的な位置付けでフォーマルな人事評価を行う、ということでもよいのかもしれません」(江夏氏)

図3:経験学習とキャリア開発を支援するための1on1 仕組み図

Profile

江夏 幾多郎氏
名古屋大学大学院 経済学研究科准教授

2008年より名古屋大学大学院経済学研究科講師を経て、2011年より現職。博士(商学。一橋大学)。専攻は人事管理論。主な研究テーマとして、「評価・報酬における公正感・納得感の由来」「人事管理におけるテクノロジーと人事専門職のコンピテンシーの関係」。著書に『人事評価における「曖昧」と「納得」』(NHK出版新書)。

松丘 啓司氏
エム・アイ・アソシエイツ株式会社 代表取締役社長

1986年東京大学法学部卒業。アクセンチュアで一貫して人材・組織変革のコンサルティングに従事。2005年に企業の人財・組織モデル革新を支援するエム・アイ・アソシエイツ株式会社を設立。パフォーマンス・マネジメント、ダイバーシティ&インクルージョンなどの領域を中心にサービスを提供。著書に『人事評価はもういらない』(ファーストプレス)など。