AI時代のその先に待つ働き方の未来像とは【後編】

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2018.02.08

AI時代に適した働き方や新たなルール、求められる教育などについて、専門家からの意見を二回にわたり紹介する今特集。
前編では、18世紀の第一次産業革命で起きた社会の変化やイギリスから欧米諸国をはじめ、日本にも普及した「労働法」の成り立ちを振り返りながら、これからのAI時代の働き方、働く人を守るための新たなルールについて伺いました。
引き続き後編でも、労働法の専門家であり、「AI時代の働き方と法」などの著者である神戸大学大学院法学研究科の大内伸哉教授に、求められる教育、日本の課題、人間の意識の変化などについて語っていただきます。

これからは、生きていくための教養=リベラルアーツが重要になる

AI時代には、テクノロジーがもたらす恩恵を享受できるといわれる一方で、所得格差が広がるという指摘もある。このことに対し、神戸大学大学院法学研究科教授の大内伸哉氏はその可能性を否定はしない。

「これからの課題になると思われるのは、AIができないような創造的な仕事ができる人やAIを活用する側の仕事ができる人と、そうではない人たちとの間で生じるといわれている所得の二極化です。これに対応するためには、税法や社会保障法によって富を再分配しうる政策を実施する必要があります。また、そういった問題が発生しないように、将来を見越した職業訓練を行うことなども重要になるでしょう」

AIによって定型的な仕事は代替され、人間にはより創造的な仕事が求められるようになる。そのためには、人間とAIの違いをしっかり認識する必要がある。

「AIは、自分で疑問をもって、問いかけをしていくということはできません。いつかはそうしたことができるようになるかもしれませんが、いまのところAIは人間から与えられた課題をこなすだけです。だから、この疑問をもって問いかけるというところに人間の可能性があるのです」

このように語る大内氏は、将来の世代を育成するには、社会に出ていく前の学校教育がより重要になると提言する。新しい時代に対応するために英語教育を行っていたとしても、ビジネスの世界においては10年以内に機械翻訳が実用化されると考えられている。そのため、電子計算機が登場した時に、算盤の技術を高める必要が弱くなったのと同じように、ビジネスにおいて英語習得の優先順位は低くなる可能性を指摘する。それを踏まえたうえで、求められる職業訓練について語った。

「今後の大きな変化が予想される世界において、特定の職業を想定し、それに必要なスキルを身に付けても、習得したスキルの有効期間はより短くなっていくでしょう。大切なのは、技術の変化に対応できる基礎力で、その根底にあるのは教養です。日本では、大学に入学した後最初の2年間でリベラルアーツ(教養教育)を学びますが、今後は、小学校や中学校の義務教育の段階においても、思想や歴史、哲学、人間としての知的な創造性を呼び起こすような基本的な教育の実施が重要だと思います。

また、自営業的な働き方をするためのベーシックなスキルとして、個々人で取引をしていくうえで必要な法的基礎知識、ファイナンスの知識などの習得もこれまで以上に必要になっていくと考えられます」

高度経済成長期に培われた日本型雇用システムからの脱却を

「これからは、自分自身で知的創造性を育成していくという発想が大切になります」

AI時代に向けて大内氏はこのようにいう。日本は戦後ゼロから再出発し、1968年にはGNPを世界No. 2の国にまで伸ばしている。1945年からわずか25年で復興するという奇跡的な経済的成功を収めた。そして、その中核にあったのが日本型雇用システムだった。「この成功体験の余韻があまりにも大きい」と大内氏は指摘する。

「日本型雇用システムは、形骸化しつつあります。今の大学生は、10年20年後はまったく違った社会になっていて、自分たちの働き方も今のままではないだろうということは予測しています。それにもかかわらず、就職活動となると、これまでと同様に大企業志向であり、親の意向を重視する傾向にあります」

大内氏はその親世代について続ける。

「親の世代は、日本型雇用システムの成功を目の当たりにしてきた世代なので、その成功体験があるため、意識が変わりづらい傾向にあるといえます。」

AI時代、大切なのは一人ひとりの幸せをいかに考えるかということ

AI時代の到来とともに、人はもっと自由な時間を持てるようになるのか、大内氏はAI時代の先についての見解を述べた。

「私は働かなくてもよい時代が、遠からず来るのではないかと考えています。AIが生む富の再分配に向けて、ベーシックインカムなどの議論も出ています。働かなくてよい世の中では、労働に対する賃金や報酬としてのお金は入ってこなくなります。金融資本がある人たちは、企業などに投資をして配当を受け取ることができるでしょうが、そういう人たちばかりではありません。そこで、人間に代わって機械が生み出した富を再分配して、生活に必要な富が行き渡るようにするベーシックインカムのような社会システムが、世界的に注目されているのです」

そういった社会システムが上手く機能し、働かなくても暮らせる時代が来ると、人間の意識にも変化が生まれるだろうと大内氏は語る。

「かつて古代ギリシア時代に哲学が栄えたように、人間とは何かという哲学的なことを考えて生きるようになるのではないでしょうか。また、狩猟や農業といった人間の原点の生活に戻っていく人もいるかもしれません。まだ先のことは定かではありませんが、それがこれから起こり得る、働かなくてもよい時代の生き方なのかもしれません」

Profile

大内伸哉氏
神戸大学大学院法学研究科 教授

東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。
神戸大学大学院法学研究科教授。法学博士。労働法を専攻。
著書に『AI時代の働き方と法』(弘文堂)以外に、『雇用社会の25の疑問』(弘文堂)、『君の働き方に未来はあるか?』(光文社)ほか多数。

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