インタビュー・対談 組織 人財 働き方 スペシャル対談:兼清俊光氏、アデコ取締役 土屋恵子【前編】

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働く人たちのモチベーションと成果向上を目指すパフォーマンスマネジメントのあり方の見直しが進んでいます。ビジネス環境が激しく変化し続けている今日において、「組織のマネジメント」はどうあるべきなのでしょうか。人材コンサルティングを手掛けるヒューマンバリュー代表取締役社長の兼清俊光氏とアデコの人事部門を統括する土屋恵子が全2回にわたり、パフォーマンスマネジメントのこれまでの変化と、現状について対談を行いました。

時代に合わなくなってきた
「目標による管理」という手法

──パフォーマンスマネジメントは、これまでどのように変化してきたのでしょうか。

兼清

20世紀の初め、自動車会社のフォードが部品の規格を統一し、ベルトコンベヤーによる流れ作業を実現することで、それまでになかった大量生産、大量雇用の仕組みを確立しました。いわゆるフォードシステムです。この頃のパフォーマンスマネジメントの方法は、現場の管理監督者がストップウォッチを持ちながら一人ひとりの従業員の作業のスピードを測って、効率化を図るといったものでした。

それが大きく変わったのが、「目標による管理」という考え方が導入されてからです。これは経営学者のピーター・ドラッカーの言葉で、明確な目標をマネージャーと現場が共有し、そこに向けてそれぞれの従業員が主体的に動くことで、成果が最大化する。そしてその総和が企業の業績となる──。といった考え方です。この方法がつい最近までのパフォーマンスマネジメントの主流でした。

土屋

期首に明確な目標を設定して、それがどのくらい達成されたかを期末に評価する。そんなやり方ですよね。長い間これがうまく機能していましたが、10年ほど前から、とりわけ弊社も含めたグローバル企業の中でこの方法の見直しの議論が活発になってきました。

その一番の理由は、我々をとりまくビジネス環境の大きな変化です。以前と比べてマーケットの状況が目まぐるしく変わるようになり、複雑さも増してきました。期首にゴールを定めたとしても、期の途中に目標を見直さなければならないケースが増えてきたわけです。「一定の目標に向かって決められたことを硬直的に取り組む」という方法では対処できない時代になっていますね。

兼清

バブル期以降にいくつかの企業が導入した成果主義があまりうまく機能しなかったのも、「目標による管理」の枠組みのなかでその仕組みを運用したからです。成果主義とは、目標に対する成果を報酬と明確にリンクさせるという考え方ですよね。目標に対する成果ですから、目標が高すぎると成果は出にくくなることになります。そのため従業員のなかに、「あえて高い目標を設定しない」というマインドが生まれることになります。達成しやすい低い目標を多くの人が目指すようになってしまっては、企業の業績が上がるはずはありません。

土屋

「目標による管理」がうまく機能しなくなってくるなかで、従業員に対するレーティング(評価づけ)やランキングといったそれまでの仕組みも見直されるようになりました。レーティングとは目標達成の度合いを数値化したもので、年度末に決定します。この年度末のプロセスにはどの企業も多大な時間とエネルギーをかけてきたわけですが、目標が日々変化していく環境にあっては、年度末のレーティングだけでは、翌年へのモチベーションを高める、という効果はほとんど期待できないという研究も発表され、最近では、ノーレーティング、つまり従業員に対する評価づけを一切やめている企業も少なくありません。そういった企業は、むしろ、年度末のレーティングではなく、期初からの取り組みのほうに注目を向けています。

「カンパニーセンタード(企業中心)」から
「エンプロイーセンタード(従業員中心)」へ

──「目標による管理」がうまく機能しなくなったのには、従業員側の変化という要因もあるのでしょうか。

兼清

あると思います。1980年代から90年代に生まれたいわゆるミレニアル世代の従業員は、それ以前の世代と比べてモチベーションのあり方が大きく変わっています。以前の世代は、目標を達成し評価されることがインセンティブとなり、それによってモチベーションが向上するという傾向がありました。これは「外発的動機づけ」と呼ばれるものです。それに対して、ミレニアル世代は「内発的動機づけ」を重視する傾向があります。

2016年、ATD(Association for Talent Development)の国際カンファレンスで発表された調査結果によれば、ミレニアル世代にとって「お金」「自由度」「名声」といった要素はあまりモチベーションを向上させる要因にはなりません。むしろ、その仕事に「世の中を良くできる」「自分の成長につながる」「家族や家族のように大事な人のためになる」といった意味を見出すことがモチベーションの大きな要因となることがわかりました。評価とインセンティブを重視する従来のパフォーマンスマネジメントが若い従業員のマインドとうまく適合しなくなっているのです。

土屋

フォードシステムから続くこれまでの企業の評価システムの多くは、非常に公明正大でしっかり考えられたものだったと思います。しかしそれは、当時の決まった目標に対して決まったアウトプットを出すことを求めるものでした。決まったことを言われた通りにしっかりやることが正解で、特別な工夫はしなくてもいい。従業員間の個性の違いもなるべくないほうがいい。それで従業員も会社もハッピーだったわけです。

しかし、VUCAと呼ばれるような急激な時代の変化によって、一人ひとりの個性や強みを伸ばし、可能性を広げていくこと、それを支援していくことが会社のイノベーションにもつながり従業員のためにもなる、という考え方が大切になってきました。その変化による影響が非常に大きいと思います。

兼清

企業の業績を上げるために従業員をどう管理監督するか。それが以前の発想だったとすれば、新しいパフォーマンスマネジメントの考え方では、個々の従業員がもっている可能性をどんどん発揮してもらって、そこから新しい価値を生み出していくことが企業のサステナビリティにつながるという発想に変わってきています。企業目線の「カンパニーセンタード(企業中心)」の考え方から、「エンプロイーセンタード(従業員中心)」、つまり働き手を重視する考え方へ大きく流れが変わってきているように思います。

日々の対話によって
従業員の成長を促す

土屋

現在起きている変化で興味深いのは、これまでのパフォーマンスマネジメントのやり方を見直すというところでは共通していても、その方向性はグローバルでも各社各様であるという点です。「この仕組みを導入すれば成功する」という共通するハウツーがなくなったわけです。会社の事業内容、規模、カルチャー、目指すビジョンなどによって最適なやり方は異なる。そこが面白いところでもあり、難しいところでもあると実感しています。

兼清

あらゆる企業に適合するノウハウがないので、ある仕組みをどこからかもってきてインストールするのではなく、検証を繰り返しながら、制度をより良いものにしていくというアプローチをとるしかないわけですよね。

土屋

ええ。いわゆるアジャイル型の制度設計です。それぞれの企業が、自社のビジョン、事業、歴史、哲学などをきちんと考えたうえで、制度をつくり、運用をしていかなければなりません。大切なのは、過去のやり方にとらわれないことだと思います。

欧米企業では、新しいトップが将来の成長を見据えて、先代のやり方を思い切って大きく変えてしまうケースが珍しくありません。変化への対応が企業にとって重要であるならば、それまでのやり方を変革することも必要です。

兼清

これから新しい制度設計をしていく際は、社内ではなく顧客やマーケットに目を向けていかなければなりません。従業員同士が社内で競い合うのではなく、「カスタマーフォーカス」の意識を育てて、顧客のために何が必要かを考える。そしてそのためにお互いが助け合って成果を上げていく方法を模索すること。それが望ましい方向性です。

土屋

従業員同士が協働して顧客に対する価値を最大化していくということですね。

兼清

そのベースとなるのが「グロースマインドセット」です。個々の従業員が、他の従業員との評価の差を重視するのではなく、昨日の自分よりもどれだけ成長できているかという視点を重んじる。そんなマインドの醸成がこれからますます重要になっていきます。

土屋

近年、マネージャーと従業員との「カンバセーション(対話)」が重視されているのも、一つには、そのようなマインドを育てるためといえます。カンバセーションというと、日本では「面談」と捉えられてしまいがちですが、そうではなく「日々のコミュニケーション」が重要です。それぞれの部下にどのような個性があり、何にチャレンジしたいと考えているか。成長するために何が必要か。どのような支援ができるか、それを日常の対話のなかで把握することがマネージャーの大切な仕事になります。弊社でもカンバセーションを重視した制度になるよう取り組んでいる段階です。

兼清

そのためには、期に一度の面談などでは足りないわけですよね。日常的に、それぞれの目標を確認し、それがどのくらい達成されているかを検証し、互いに学びを得ていく。そんな丁寧なマネジメントが求められています。

(後編に続く)

Profile

兼清俊光氏
ヒューマンバリュー
代表取締役社長

1991年よりヒューマンバリューにおいて、人々・組織・社会の「学習の質」の向上に貢献するために、人材開発と組織変革の潮流を踏まえつつ、現場の知識・経験を取り入れ、クライアントとの協働的なアプローチで新しい知識・技術を創造し、変革プロセスをデザイン・実行している。「学習する組織」「ポジティブ・アプローチ」「ホールシステム・アプローチ」といった組織変革・組織開発の哲学と方法論を活用し、大規模組織の全社変革をはじめ、多くの組織の変革を支援しているプラクティショナー(実践家)。

土屋恵子
アデコ取締役
ピープルバリュー本部長

主にグローバルカンパニーで20年以上にわたり、ビジョンの実現に向けて個人と組織が個性と強みを生かして共に成長することを基盤に組織開発をリードする。人事部門の統括責任者として、チームと共に日本およびアジアのリーダーシップ開発、人財育成、制度策定・浸透などを展開する。2015年より現職。ケース・ウェスタン・リザーブ大学経営大学院組織開発修士課程修了。