グローバル 組織 人財 働き方 イノベーションを生み出すダイバーシティマネジメント

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2017.08.25

欧米ではダイバーシティ&インクルージョンがイノベーション創出に欠かせない重要な経営戦略として位置づけられています。
いまだに「CSR活動」の一環という意識が根強い日本企業が、ダイバーシティ&インクルージョンを形式的ではなく取り入れるためにはどうしたら良いのか。今企業がすべきことと、求めるべきことについて、有識者に聞きました。

「年齢や性別、国籍といった表面的な人財の多様性確保は、ダイバーシティ&インクルージョンの本質ではありません。重要なのは、個々の能力を発揮し企業経営に貢献してもらうこと。日本企業は、表面的な多様性における人財を揃えることを意識しすぎです」
こう語るのは、中央大学大学院経営戦略研究科教授で、経済産業省の新・ダイバーシティ経営企業100選運営委員会委員長も務める佐藤博樹氏だ。
「以前から日本企業では、女性はもちろん、外国人や高齢者、障害者の雇用に力を入れており、外形的な人財の多様化は進んできています。数値だけで見れば、伝統的に女性比率が低かった製造業でも今では3~4割以上が女性という例も珍しくはない。問題は、その能力を発揮するのを妨げるハードルが依然として高いこと。それをどれだけ改革できるかが、ダイバーシティの成果を大きく左右します」
「働き方改革」や「人事評価制度の見直し」「管理職の意識改革」などを徹底的に推し進めて、初めてダイバーシティは機能すると佐藤氏は強調する(図1参照)。能力を重視して多種多様な人財を確保したとしても、『Aさんは産休・育休明けだから』『Bさんは介護中で残業が難しいから』『Cさんは米国人でまだ我が社の文化がわかってないから』といった理由で、能力を最も期待されるメンバーがプロジェクトから外されてしまうようでは意味がない。日本企業ではいまだに見られる現象といえる。これでは多様な能力を活かすどころか、能力のある人財が流出してしまう。
「多様な能力が本当の意味で発揮できる人事・マネジメントの枠組みを創り上げることが重要です。自社にとって使い勝手の良い社員を優遇する風潮を改めること。また、残業も厭わない古い日本的・男性的な働き方を良しとする社員の価値観も根底から見直す必要があります」

図1 ダイバーシティに必要な三つの要素 [1] 働き方改革 多様な人財が活躍できる環境を整えるために、「フルタイムで勤務する日本人男性」「いつでも必要な時に残業や転勤ができる」というこれまでのような単一の人財像を想定した働き方は改める。「単一の人財像=従来の適材」に合わない人は重用しないというやり方では、人財が定着しない。 [2] 人事評価制度の見直し 管理職を評価するポイントを変える。売り上げなどの業績に関する要素に加え、部下の育成、サポートも評価対象として重視する。男女の区別なく部下の育成ができているか、残業を削減して生産性を高めているか、有給休暇を取得しやすくしているか、など。 [3] 管理職の意識改革 さまざまな考えを持つ部下が増えたことを認識し、自分の価値観に近い部下のみを評価することは避ける。コミュニケーションを密にとって部下が何を考えているのか、どんな価値観なのかを理解する努力をした上で、一人ひとりの違いに応じて意欲を高める工夫をする。

グローバルな人財採用戦略のために

「欧米では、ダイバーシティ&インクルージョンこそがイノベーションの原動力であると、当たり前のように認識されています」このように欧米の事情を話すのは、国内有力企業の社外取締役も多く務める一橋大学大学院商学研究科教授のクリスティーナ・アメージャン氏だ。
「人種や国籍、価値観もまったく異なる人々が互いの"知"をぶつけ合うことで、画期的な技術やサービスを生み出すことに成功しています。最も象徴的な例は、世界規模のイノベーションの発信地である米シリコンバレーでしょう。このIT企業の集積地で活躍する技術者や研究者の半数近くが外国人ともいわれます。残念ながら日本のダイバーシティにはこの発想が極めて乏しい」
もう一つ、日本企業に足りないのが、グローバルな人財獲得競争への危機感だとアメージャン氏は指摘する。
「米国では、ダイバーシティ&インクルージョンが人財戦略と密接に結びついています。人財を自国内だけに求める発想では、激化するグローバル競争に勝ち残れない。世界中からトップタレントを獲得する必要があると考えています。日本にもグローバル展開している企業は少なくありませんが、このような人財戦略をとっている企業はほとんど皆無といっていいでしょう。日本の経営者は、国内企業のことのみを気にする傾向がありますが、本当はもっと海外企業の戦略動向に目を向けるべきなのです」
また日本人は、米国はもともと多様な人種や宗教を抱える国だから、ダイバーシティ&インクルージョンを実現しやすいと考えがちだ。しかし実際は、米国でもダイバーシティの発想が最初から受け入れられたわけではないとアメージャン氏はいう。
「女性活躍についていえば、1960年代のいわゆる女性解放運動を契機に米国で働く女性たちが増加。それが生産性向上やイノベーション創出につながることを企業が認識し、少しずつ女性活躍の土台が出来上がっていったのです。実際のところまだ十分とはいえず、GMやIBMといったビッグカンパニーでは女性の活躍が進みCEOを務めるケースも珍しくないですが、その一方で、シリコンバレーでは女性活躍の遅れが指摘されるなど、米国においても、ダイバーシティ&インクルージョンは現在進行形の経営課題です」

経営トップの理念・ビジョンが成否をわける

今後、日本企業がダイバーシティ&インクルージョンの成果を最大化していくために何が必要か。佐藤氏は、ダイバーシティ経営の成否をわける重要な要素として、「理念経営の徹底」を挙げる(図2、図3参照)。
「多様な価値観を持つ人財が増えれば違う考え方を持つ者も多くなり、組織をまとめるのは難しくなります。そのような状況において求心力となるのが企業の経営理念です」(佐藤氏)

図2 ダイバーシティにおける経営理念・ビジョンの重要性 経営理念ビジョン 社員 多様性を保つ一方で、組織のまとまりを維持するためには、社員をまとめる傘となる「経営理念・ビジョン」が必要。

ダイバーシティに先進的に取り組んでいる海外企業はいずれも経営理念の浸透に非常に力を入れているが、それに比べると日本企業では経営理念に対する意識が低く、管理職クラスでも理念を十分理解できていないケースが少なくないと佐藤氏は続ける。
「自社が実際に直面するような経営課題を用い、『経営理念に照らして最も相応しい対応策とは何か?』を社員や管理職にディスカッションさせるような、精度の高い研修を積極的に取り入れていくべきです」(佐藤氏)
またアメージャン氏は、経営トップが「ダイバーシティ&インクルージョン」推進のための強いメッセージを打ち出し続けることが、重要だと断言する。
「ダイバーシティ&インクルージョンに取り組まずに、グローバル競争で生き残れる会社など、おそらく世界中で一社もないでしょう。しかし、すぐに業績などの成果に結びつくものではなく、長く継続的に取り組むべき戦略です。社員たちにとって成果が見えにくいだけに、経営トップがダイバーシティ&インクルージョンを推進する姿勢を明確にしない限り、成功しません」(アメージャン氏)
「変化」が苦手といわれる日本企業は、ダイバーシティ&インクルージョンに本気で取り組もうとすれば、組織の改革や人事制度の見直しなども必要になり、一時的にリスクが生じることを恐れる傾向にあります。しかし、それを克服しなければ日本企業の発展は難しいとアメージャン氏はいう。「これからイノベーションを起こし、グローバルで生き残るためには、日本企業は覚悟を持ってダイバーシティ&インクルージョンに取り組む必要があります」(アメージャン氏)

図3 新規事業決定のプロセスにおける経営理念・ビジョンが果たす役割の一例 [1] プロジェクト提案 A、B、C、D、E 五つの新規事業開発用プロジェクトが提出された。 [2] 経営的観点からの絞り込み(収支・費用対効果・成果など) A、D 多様なメンバー間では意見の相違も大きく、一つの意見に絞るのは困難。 [3] 経営理念・ビジョンによる決定 A 経営的観点では決められないことでも「経営理念・ビジョン」に照らし合わせると、どれが最適なプロジェクトかが見えてくる。誰もが選択の理由を説明でき、互いに納得できる基準が、企業の経営理念・ビジョンだ。

Profile

佐藤博樹氏
中央大学大学院経営戦略研究科(ビジネススクール)教授

一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。1983年法政大学助教授、1991年同大学教授を経て、1996年東京大学社会科学研究所教授。2014年より現職。著書に『人材活用進化論』(日本経済新聞出版社)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日経文庫)など。経済産業省の新・ダイバーシティ経営企業100選運営委員会委員長などを兼任。

クリスティーナ・アメージャン氏
一橋大学大学院商学研究科教授

1987年米スタンフォード大学経営大学院でMBA(経営学修士号)、95年米カリフォルニア大学バークレー校でPh.D(.博士号)を取得。民間企業での勤務経験を経て、95年米コロンビア大学経営大学院助教授、2001年一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授などを経て、2012年から現職。現在、三菱重工業株式会社、株式会社日本取引所グループの社外取締役を務める傍ら、数多くの日本企業や多国籍企業に対する研修やコンサルティングも行う。