ハラスメント対策の義務化で職場に必要な対応とは? 事例も解説

改正労働施策総合推進法、いわゆる「パワハラ防止法」。社会問題となりつつあるパワーハラスメント防止のために2019年に成立し、2020年6月より大企業で施行、中小企業においても2022年4月より施行されました。

企業で取り組みを推進するためには、制度面の整備と啓発の両輪で運用していく必要があります。この記事ではハラスメント対策について、求められる背景やハラスメントの定義、種類、具体的な対策まで分かりやすく解説します。

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パワーハラスメント防止法とは? 中小企業でも対応が必要

厚生労働省による「民事上の個別労働紛争の相談内容の件数の推移」において、「いじめ・いやがらせ」は近年右肩上がりになっています。このような背景から制定されたのが改正労働施策総合推進法、いわゆるパワーハラスメント防止法です。

2022年4月から中小企業においても、パワーハラスメント防止対策が義務化されました。

罰則規定などは特に設けられていませんが、適切な対策を行っていない場合、企業名公表や勧告といった行政指導の対象となります。

参考・出典:コーポレートガバナンス・コード│東京証券取引所

ハラスメント対策が必要な背景

ハラスメント対策が必要な背景には、どのようなものがあるのでしょうか。背景を知ることで的確な対処を計画できます。

コンプライアンスの重要性の高まり

コンプライアンス遵守は、社会的な信用の維持につながります。企業の不祥事などが度々報道され、メディアだけでなくSNSなどでも波及するようになりました。一度悪い評判が立ってしまうと、企業に対して致命的なダメージとなります。

ビジネスを継続することすら難しくなる場合もあるため、コンプライアンスの重要性はますます高まっています。

テレワークと新たなコミュニケーション問題の増加

新型コロナウイルス感染症拡大により、テレワークやハイブリッドワークが急速に普及しました。通勤が減った反面、コミュニケーション自体が減ったことによる新たな問題も生じています。オンラインが中心のやり取りでは、これまでと違う形の気遣いも求められています。

訴訟リスクの増加

スマートフォンやボイスレコーダーなど、IT機器が普及したことで誰でも手軽に証拠を残せるようになり、企業にとっての訴訟リスクも増加傾向といえます。一度でも訴訟になってしまうとブランドイメージを深く傷つけてしまいます。

中小企業の定義とは?

ハラスメント対策における中小企業の定義とはどのようなものでしょうか? 知っているようで、なんとなく使っていることも多い言葉ですが、具体的な定義を確認していきましょう。

行政によって定められた定義

中小企業の定義は、国によって定められており、中小企業基本法が基となります。この定義では「資本金もしくは出資の総額」または、「常時使用する労働者の数」のどちらかが基準を満たしていれば、中小企業です。

なお、事業場単位ではなく、企業単位で判断されます。

管轄の省庁によって定義が異なる場合も

ハラスメント対策における中小企業の定義は上述したものですが、対象となる制度や法令によっては管轄省庁の違いにより定義が異なる場合もあるので注意が必要です。

例えば、中小企業信用保険法という法律において農家は対象外となっていることが例に挙げられます。

パワーハラスメントとは

パワーハラスメントとは、具体的にどのようなものなのでしょうか。定義や種類を解説します。

パワーハラスメントを正しく理解しよう

パワーハラスメントとは、意図の有無にかかわらず、言動により相手を不快にさせる・尊厳を傷つける・不当に不利益を与えることを指します。上司から部下へ行われるイメージがありますが、職場における関係であればあらゆるケースが想定されます。

例えば、新たに異動してきた上司よりも、業務経験が豊富な部下の方が立場上有利になるようなことも。その場合、部下からのハラスメントが起きる可能性もあるでしょう。

パワーハラスメントの種類

パワーハラスメントの種類にはどのようなものがあるのでしょうか? 厚生労働省では該当する行為と、該当しないと考えられる行為を示しています。

1身体的なハラスメント
殴る、蹴るなどの暴力に代表されるハラスメントです。また物を投げるなど、身体的に危害を及ぼすような行為もハラスメントに該当します。ただし、誤ってぶつかった場合などは対象外です。
2精神的なハラスメント
精神的なハラスメントは、主に言葉の暴力などにより人格を否定したり、恫喝したりするようなハラスメントです。大声による指導なども含まれます。ただし、相手が度々注意しても改善しない場合に、強く指導することは該当しない場合もあります。
3人間関係からの切り離し
人間関係からの切り離しは、特定の個人を部屋に隔離したり、意図的に業務連絡をしないことで孤立させようとしたりするハラスメントです。業務上の必要性や、感染対策の一環から部屋を切り離すといった行為は該当しません。
4過大な要求
過大な要求は、担当者に必要なレクチャーを行わないまま、担当者が対応できない負荷の業務を要求するハラスメントです。判断については難しいところですが、厚生労働省の指針によると育成のために少しレベルの高い業務を任せることは該当しません。
5過小な要求
過小な要求は、主に退職させたい人員に対して、単純な作業を長時間させる、業務を与えないといったハラスメントです。従業員の能力や事情などをおもんばかって業務量を軽減することなどは該当しません。
6個の侵害
個の侵害は、業務上必要のない従業員のプライバシーに関する情報の提出要求や、それを強要するハラスメントです。職場における個人情報の暴露なども含まれます。体調の優れない従業員に対し、家族の状況をヒアリングすることなどは該当しません。

参考:職場におけるハラスメント関係指針

パワハラと指導の区別

パワハラと業務上に必要な指導の区別は可能なのでしょうか? パワーハラスメントと指導の区別はつけにくいのが現状だといえるでしょう。日常業務においてあまりコミュニケーションがない状態で、厳しいことを伝えると関係がこじれてしまうことも考えられます。

ハラスメントが起こる要因

ハラスメントはなぜ起こるのでしょうか。それぞれの要因を見ていきましょう。

個人の意識に関する要因

ハラスメントが起こる要因に、加害者のパーソナリティや経験に起因するものがあります。自分がハラスメントを受けた経験がある場合は、特にそれを当然だと考える傾向もあります。必要以上の気遣いは不要ですが、自分を常に客観視することは必要です。

組織に関する要因

組織に関する要因もハラスメントの発生に影響します。常に高いプレッシャーやストレスにさらされる環境の場合には、ハラスメントが起こりやすい傾向にあります。

ハラスメントが企業に及ぼす影響

ハラスメントは、企業経営に影響を与えます。具体的にどのような影響が考えられるのでしょうか。

法的責任を求められる可能性がある

ハラスメントが起こってしまった場合に、被害者から法的責任を求められる可能性もあるでしょう。企業には従業員に対する使用者責任や、従業員が快適に働けるように配慮する義務である職場環境配慮義務があります。

2022年から施行のパワハラ防止法も、企業がハラスメント防止に取り組む義務を定めています。

離職率の上昇や採用コストの増加

ハラスメントが発生することで、離職につながる可能性も大いにあります。欠員が出た場合、計画外の採用にかかるコストが想定以上に負担になるかもしれません企業レビューサイトなどに投稿された場合は、企業イメージも低下してしまいます。

生産性の低下

ハラスメントは、被害者のみでなく、ハラスメントの場面を見たり知ったりした他の従業員の意欲も損ないます。自分もハラスメントの対象になる可能性がある職場では、安心して働けません。モチベーションの低下により、結果として生産性の低下につながるリスクがあります。

ハラスメント対策を行うメリット

企業にとっては、ハラスメント対策に複数のメリットがあるといえます。一つずつ見ていきましょう。

リスクマネジメント

ハラスメント対策を適切に行い、従業員への啓発や意識改革を行うことは、リスクマネジメントにつながります。ハラスメントを未然に防ぐための体制や仕組みづくりを行い、現場で起きていることをしっかりと可視化、認識することが重要です。

人材の定着や採用コストの抑制

適切なハラスメント対策を行いハラスメントについて未然に予防することは、リテンションマネジメントにもつながります。離職率を下げることができれば、結果的に採用コストの抑制にもなります。

生産性の向上

ハラスメント対策をしっかりと行っている職場では、従業員は安心して業務を遂行できます。チームの結束力やモチベーションも高まり、結果として生産性向上につながるのです。

個人における留意点

ハラスメントに関して、個人における留意点にはどのようなものがあるのでしょうか?

自分が加害者になることを防ぐ

自分がある日突然パワハラ加害者になってしまった、ということはよくあります。場合によっては懲戒などの重い処分が下る場合もあるでしょう。指導時に過剰に感情的になってしまったり、チームメイトの性格について、考慮しないままコミュニケーションをしたりする場合にパワハラになりやすいです。メンバーのメンタルヘルスに配慮した指導を心がけましょう。

特にメンバーのパーソナリティへ必要以上に言及しない、などの基本は必ず守るべきだといえます。

自分が被害者になることを防ぐ

無理なオーダーなどについて、うまく断る方法を身に付けることは、パワハラに合わないための一歩です。また普段から自分の意見をきちんと示すことも必要でしょう。

自分の気持ちも、相手の気持ちも尊重するアサーティブなコミュニケーションの取り方を、うまく身に付けられれば不要なトラブルを回避しやすいです。

中小企業が行うべき具体的なハラスメント対策

中小企業が行うべき具体的なハラスメント対策にはどのようなものがあるのでしょうか? 参考にしていただける情報をまとめました。

法令遵守のための取り組み

まずは法令にのっとった取り組みを行いましょう。

  • 法令をきちんと理解する
    法令の内容をきちんと正確に理解することが第一歩です。法令の内容を確認し、場合によっては顧問弁護士や社労士にも相談しましょう。

  • 厚生労働省の指針を参考にする
    本法令の施行に当たり、厚生労働省が職場におけるハラスメントに関する指針を公開しています。「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動についてなどの見解が示され、これらの指針により曖昧とされてきたパワーハラスメントの具体例なども確認できます。

    職場におけるハラスメント対策マニュアルも公開されているので、参考にしてみてください。

    参考:職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)│厚生労働省

  • 社内の状況を把握する
    アンケートなどを実施し、現状困っている従業員がどれくらい存在するのかなどを事前に把握するのがよいでしょう。管理職の協力も欠かせません。

  • 就業規則の整備
    就業規則を整備することも重要です。ハラスメント事案が起きてしまった際に、どのように問題解決が進められるのかを明確にした上で就業規則に記載しましょう。弁護士や社労士などの専門家に相談するのもよいでしょう。

  • 相談・苦情窓口の設置
    社内でトラブルやハラスメント事案が起こってしまった際の相談や苦情窓口を設置しておきましょう。人事などが兼任することも多くありますが、外部に委託することでより社員のプライバシーを守りやすくなります。

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継続的な取り組み

ハラスメントを防止するためには、一時的ではなく継続的な取り組みが重要です。 ハラスメント防止のための研修を定期的に設けたり、トップメッセージとしてハラスメントについて発信したりするなどの啓発も効果的でしょう。

継続的に取り組むことで、企業の風土そのものを変え、ハラスメント対策を定着させていくことが大切です。

点検票に基づく自主点検

厚生労働省では、「職場のパワーハラスメント対策に係る自主点検票」を公開し、自社の状況を一つずつチェックできるようにしています。「義務化される10の措置事項」が満たされているかも同時に確認できる構成となっており、中小企業におけるパワハラ法案の対応に役立ちます。

参考:パワハラ防止対策(改正労推法) 自主点検│東京労働局

顧客などの迷惑行為に対する取り組み

厚生労働省では、顧客からのハラスメントも起こり得るとして、「顧客等からの著しい迷惑行為の防止対策の推進に係る関係省庁連携会議」を開催しています。顧客からの著しい迷惑行為は、パワーハラスメントと類似性が高いとして認められますが、予防が非常に難しいものです。

弁護士をはじめとし、トラブルがあった際の相談先があることを社内で共有するのも一つの手です。

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中小企業の取り組み事例

中小企業におけるハラスメント対策の取り組み事例にはどのようなものがあるのでしょうか? 事例を見て対応のヒントを得たり、対応施策のイメージを膨らませたりできます。本記事では4件の事例を紹介していきます。

プロによる研修で意識改革 愛知県製造業

愛知県の製造業を営む企業では、過去にハラスメントにまつわるトラブルが起きてしまいました。このことをきっかけに、本腰を入れて対策を行うこととなりました。

まずは、就業規則にセクハラ・パワハラに関する条項を盛り込み、従業員に周知を行いました。

さらに従業員に具体的なイメージや知識を深めてもらうために、弁護士や保険会社などのプロフェッショナルを会社に招いて研修を実施。意識改革には長い時間が必要だとして、現在も取り組みを継続しています。

この事例における特徴は、役員がハラスメント対策について強い意識を持ち、根気よく注意を促している点にあるといえるでしょう。

参考・出典:中小企業における職場のパワーハラスメント対策の好事例│厚生労働省

10年にわたるアンケートで実態を把握 兵庫県製造業

兵庫県の製造業を営む企業は、ハラスメント対策では予防が重要であるとして、10年前から継続してハラスメントに関するアンケート調査を実施しています。

同社では単にアンケートを取るだけでなく、分析結果を全社に公表しています。結果を公表する際、アンケートにおける「何がハラスメントに該当するのか」などの質問に対し、精査した上で会社としての考え方を提示するなど、共通認識の醸成に役立てています。

10年継続することでアンケートの仕組み自体が企業内で浸透し、意識づけや意見を伝えるための大切な機会になっているそうです。

参考・出典:中小企業における職場のパワーハラスメント対策の好事例│厚生労働省

就業規則への規定と研修などの啓発活動 神奈川県介護関連事業

神奈川県で介護関連事業を営む企業では、就業規則にパワーハラスメントを禁止する規定を、具体例を交えて明記しています。

また研修や各事業所掲示板を通じて、従業員に周知徹底しています。

研修においてはどのような言動がパワハラに該当するのかを具体的に例示しながら、理解を促進している事例です。

参考・出典:中小企業のためのパワハラ対策マニュアル│神奈川県

3つの相談窓口を整備 神奈川県ドラッグストア

神奈川県でドラッグストア事業を営む企業では、電話とメールで相談可能なハラスメントに関する窓口を3つ設けています。

3つに及ぶ窓口の内訳は、社内相談窓口、外部相談窓口、外部EAP窓口です。各窓口での対応フローをマニュアル化し、迅速な対応が取れるよう環境を整備しています。

外部機関は匿名による内部通報が可能となっており、相談する従業員のプライバシーを守れます。社内だけでなく外部の知見やリソースを活用している好例といえます。

参考・出典:中小企業のためのパワハラ対策マニュアル│神奈川県

まとめ

ハラスメント対策には相応の手間や時間、労力が伴いますが、一度社内でパワハラが顕在化してしまうと、従業員のモチベーションや生産性を下げてしまいます。ひいては業績にまで影響してしまうかもしれません。

これらの損失を考慮すると、十分に投資する価値のある対策です。法案をきちんと理解し、有効なハラスメント対策の導入・実施に努めましょう。

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