Vol.35 仕事と私 挑戦を通じて インタビュー クオンタムリープ代表取締役 出井伸之さん

人生には終わりがあるが挑戦に終わりはない。僕はそう信じています

社内の前例を覆した「越境」への挑戦

僕がソニーに入社した頃、社員の多くは理科系の高学歴者でした。経済学部出身で文化系だった僕は、いわば社内の「少数民族」でした。その少数民族たる僕が、41歳のときにオーディオ事業部の事業部長となった。これは、僕にとって極めて大きな出来事でした。それまで、事業部長の席は理系社員の特等席であり、しかも、オーディオ事業といえば、当時のソニーの中核を成す事業でした。その席に自分が座ることになったわけですから。

その時のことを、僕は今でもよく憶えています。理科系がマジョリティであるソニーで、自分が日の目を見ることはないだろう。ならば、早めに会社を去るのが得策である。そう考えた僕は、当時の社長だった岩間和夫さんに、「オーディオの事業部長をやらせてください」と話をしました。「それはできない」「では、辞めさせていただきます」──。そんなシナリオを描いてのことです。しかし、岩間さんはいとも簡単に「いいよ、君に任せるよ」と。僕は拍子抜けしてしまい、結局辞めるきっかけを失ってしまいました。

出井伸之さん

しかし今思えば、あれが今日まで続く「越境への挑戦」のスタートでした。理科系、文化系という区分けがあるのは、単に学校での区分けがそうなっているだけのことで、そもそもそういう基準で世の中が区分されていること自体がおかしい。僕は結果的に「越境」して、その区分を社内で事実上意味のないものにしてしまったわけです。

その後僕は、ビデオ事業、レーザーディスク事業、コンピューター事業などを経験することになりましたが、どの仕事でも専門家が僕に手取り足取り教えてくれて、分野に捕らわれることなく、幅広い領域の知識を得ることができました。もし、僕が越境への意志を持たずに、特定の分野で専門家然としていたなら、おそらくソニーのような巨大な会社を経営することはできなかったでしょう。

新しい場所にジャンプし新しい価値をつくることが必要

2005年に僕はソニーの会長兼CEOを退任して、クオンタムリープという会社を起ち上げました。僕がここでやりたかったのは、ソニーとは真逆のことです。ソニーでは自分はサラリーマンだった。ならば、今度は創業者になってやろう。ソニーはかつて五反田の田舎企業と呼ばれていた。ならば、東京のど真ん中の丸の内にオフィスを構えよう。自分がトップにいた頃、ソニーは16万人を擁する巨大企業だった。ならば、10人くらいの小さい所帯の会社を経営しよう──。それが僕の新たな挑戦でした。いわば僕は、大企業のサラリーマン経営者からベンチャー企業の創業者に「越境」したわけです。

境界を越えなければ見えない景色があります。僕はソニーから離れてみて、一つの企業のことだけを考えるのではなく、日本や世界のことを考えて行動する視点を初めて得たような気がしています。会社は小さくなった。しかし、視野の広がりは無限です。自由に思考ができるし、意見も自由に言える。そんな現在の立場に満足しています。

しかし、挑戦は終わったわけではありません。僕の目標は、日本を一歩先に進めることです。そして、日本を世界からリスペクトされる国にしていくこと。そのためには、古い概念の延長でものを考えていてはいけない。クオンタムリープには「非連続的な飛躍」という意味があります。必要なのは、まったく新しい場所にジャンプし、新しい価値をつくり出していくことです。

僕は今、エグゼクティブプロデューサーという立場で、いくつものプロジェクトを動かしています。しかし、それぞれのプロジェクトの責任者は、僕よりも若く、僕よりも新しい感覚をもった人たちです。彼らが柔軟な思考力で行動することによって、新しい価値が生まれていくことを期待しています。

僕が今、自分の子どもの世代よりも若い30代、40代の人たちとお付き合いをしているのは、自分のこれまでの経験や人的なネットワークを提供し、若い世代を育てていくことが何よりの喜びだからです。彼らは、きっと僕のマインドを引き継いで、新しい挑戦を続けてくれるでしょう。人の人生には終わりがある。しかし、挑戦に終わりはない。そう僕は信じています。

出井伸之さん
profile

1937年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。
60年にソニーに入社し、音響事業本部オーディオ事業部長、ホームビデオ事業本部長、広告宣伝本部長などを経て、95年に代表取締役社長に就任。2005年、会長兼CEOの役職を最後にソニーを退社し、クオンタムリープを設立する。現在、アクセンチュア、百度、フリービット、レノボの社外取締役のほか、NPO法人アジア・イノベーターズ・イニシアチブの理事長なども務めている。


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