Vol.29 仕事と私 挑戦を通じて インタビュー メンタルトレーナー、(株)MJ コンテス代表取締役社長 田中ウルヴェ京さん

田中ウルヴェ京さんprofile

1967年東京生まれ。日本大学在学中の88年にソウルオリンピックに出場し、小谷実可子とのシンクロ・デュエットで銅メダルを獲得する。その後、日、米、仏のシンクロ代表チームコーチを歴任。91年渡米、カリフォルニア州セントメリーズ大学大学院体育学部修士課程修了。99年に再渡米し、アーゴジー心理専門大学院にて認知行動療法、パフォーマンスエンハンスメント、アスレティックリタイヤメントなどを学ぶ。2001年、心身の健康を軸にMJコンテスを起業。心の健康としてアスリートからビジネスパーソンまで広くメンタル指導を、身体の健康としてピラティススタジオを経営している。フランス人の夫との間に二人の子どもがいる。著書訳書多数。
http://www.mjcomtesse.com

20年後、今の自分からは想像もつかないような自分になっていること。それが、これからの私の挑戦です。

アメリカ留学が大きな転機に

私はメンタルトレーナーとして、スポーツ選手やビジネスパーソンの心と体の健康をサポートする仕事をしています。第一線で活躍するアスリートやビジネスパーソンは、毎日が挑戦の連続です。その挑戦を成功に導くお手伝いをする私の仕事も、やはり同じように一つひとつがチャレンジだと思っています。

シンクロナイズドスイミングの選手を引退してからの最初の大きな挑戦は、アメリカへの留学でした。中学生の頃から海外遠征には何度も行っていましたが、たった1人で知らない土地に行くのは初めてでした。24歳にもなってそんなことを初めて経験したというのも今思えば滑稽ですが、そのくらい当時の私は世間知らずだったのです。

合計6年半の留学期間で学んだのは、疑問を持つことや自分の頭で考えることの大切さでした。それまでの私は、シンクロだけの生活に疑問を抱くということがありませんでした。現役引退後にコーチという仕事についたのも、用意されていたレールに乗っただけだったのです。

しかし、海外の大学院で心理学を学んだり、のちの夫となるフランス人の男性と対話を重ねたりする中で、どんなときにも「なぜ?」と考えるようになり、その習慣が身につきました。自分に提示されたことを鵜呑みにせずに、いろいろな方向から検証して納得感を得ること。それは、思考のトレーニングであり、自分を見つめる訓練でもありました。それによって、私は人生の大きな一歩を踏み出せたように思います。

経営者としての新たな経験

もう一つの大きな転機は、3年ほど前。「経営」という難問に、本気でチャレンジし始めたことです。それ以前から、名目上、私はMJコンテスという会社の経営者の立場にありましたが、当時、会社の経営を実質的に取り仕切っていたのは、共同経営者でした。年々確実に売上を伸ばしていた当初、「経営は私に任せて。お金の心配もしなくていい。あなたはメンタルトレーナーとしてのキャリアを積むことに専念して──」。彼女は、いつも私にそう言ってくれていました。その言葉に甘えて、2001年の会社設立以来、私は自分のスキルアップにひたすら集中してきました。


事情が変わったのは、09年後半。共同経営者の彼女が家庭の事情でアメリカに行くことになってしまったのです。そして、ちょうどその頃、経営的な問題で多額の借金を抱えてしまいました。経営が苦しくなったために、それまでは人に任せきりだった経理や人事に目を向けるようになりました。これまでの経営的な問題をようやく理解でき、小さいながらも会社の数字を管理することの大変さを知ったのは、あの時が初めてでした。

一番勉強になったのは、「スタッフのモチベーションを数字の明確化によって高める」方法を実践で学べたことです。それまでの私は、「自分はメンタルの専門家で、人のストレスやモチベーションについては十分学んできたのだから、分かっているつもり」でいました。しかし結局、大学院で学んだものは机上の理論。ビジネスでの実践という意味では、たくさん穴が空いた人事マネジメントだったのです。しかし、数字を明確にすることで原因と結果を示し、短期的・長期的な目標を考えていくという当たり前のことをこなしていくことで、社員とのチームワークが変わることが分かりました。


この09年と10年は、大変なことがたくさんありました。ビジネスでのさまざまな問題に加え、私自身もガンを患いました。どの状況も、当然、自ら望んだものではありませんでしたが、不思議なもので、その辛い時期を乗り越えてから、それまでになかった仕事のオファーが入ってくるようになったのです。それは、経営者のメンタルトレーニングの仕事です。経営について勉強し、少しずつですがその役割が分かるようになった時に、新しい機会が向こうからやって来た。「ああ、仕事ってこういうものなんだなあ」としみじみ思いましたね。

結果を求める挑戦がこれからも続いていく

メンタルトレーナーとして、クライアントが確実な結果を出すことをサポートすることが私の仕事です。アスリートならば試合に勝つこと。経営者ならば会社の売り上げが上がること。それが結果です。その結果を求めるチャレンジは、これからもずっと続いていくでしょう。

今後の大きな目標は、これまで携わってきた個々の実力発揮のための認知行動療法である「コーピング(ストレス調整法)」の指導経験や実例を体系的にまとめることです。困難な作業ですが、これが完成すれば、まだまだ日本では社会的に定義が曖昧である「メンタルトレーニング」分野の大きな一歩になると思っています。あと4年、次の夏季五輪までに完成させたいですね。

私は21歳まで、明確な目標を持ち人生を送っていました。オリンピックに出てメダルを獲ること。その目標が、あの頃の私の人生のすべてでした。でも、これからの私は、あの頃とはまた違った挑戦をしていきたい。やっぱり過去の自分には負けたくない。明日の自分はどうなっているんだろう? 1年後は? 10年後は?──。そんなふうに、毎日自分が能動的に変化することで出会う新しい挑戦から、メンタルトレーナーという仕事を極めたいと思っています。今の自分からは想像もつかないような自分に20年後になっていること。それがこれからの一番の挑戦だと思っています。

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