Vol.29 仕事と私 挑戦を通じて インタビュー スタジオジブリ代表取締役プロデューサー 鈴木敏夫さん

鈴木敏夫さんprofile

1948年名古屋市生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、徳間書店に入社。『アニメージュ』の編集長を務めながら、『風の谷のナウシカ』に始まる一連の高畑勲、宮崎駿作品の製作に携わる。85年、スタジオジブリの設立に参画し、89年から同社専従となる。著書に『映画道楽』(ぴあ)、『仕事道楽』(岩波新書)、『ジブリの哲学』(岩波書店)がある。

過去のことは振り返らず、少し先の未来と目の前の「今」に集中する。これがいい仕事をする秘訣。

ただ目の前のことに一所懸命だっただけ

僕は、何かに「挑戦しよう」と考えて作品を作ったことは一度もありません。後から振り返ってみて、「ああ、あれはチャレンジだったな」と思うだけです。

たとえば『風の谷のナウシカ』。あの作品を製作した頃、僕はまだ徳間書店の『アニメージュ』という雑誌の編集者でしたから、映画作りについて何も知りませんでした。ただ、宮崎駿というW面白い人W と出会って、「この人と映画を作ったら楽しいだろうな」と思って作った。それがあの作品です。大変なこともありましたが、多くの方が作品を観てくれて、ビジネスとしても興行的に悪くなかった。今思うと無謀な挑戦だったかもしれません。でも作っている時は、そんなこと考えていませんでしたね。目の前のことに一所懸命だっただけです。

『となりのトトロ』と『火垂るの墓』は、徳間書店の役員層に企画を通すのに苦労した作品でした。『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』と、いわゆる冒険活劇を続けて製作したので、今度は違ったものを作りたかったんです。それだけだったのですが、どちらも地味な話だったので、「これじゃ客が入らない」と随分反対されました。しかし、宮崎駿と高畑勲がそれぞれ監督を務めたあの2作品が、内容も、同時上映という形態でも成功したことによって、ジブリ作品の幅はかなり広がりました。そう考えれば、あれもまたチャレンジだったのでしょう。


ジブリ最大の「挑戦作」『おもひでぽろぽろ』

僕らにとって何より難しかった作品は、高畑勲が監督した『おもひでぽろぽろ』かもしれません。この作品は、20代後半の一人の女性が、田舎暮らしに憧れて山形に農業を手伝いに行き、その過程で子どもの頃のことを思い出すという話です。でも普段から、僕らは昔のことを思い出すってことがないんですよ。僕も、宮崎駿も、高畑勲も、昔話は一切しません。いつも、今の話とちょっとだけ未来の話しかしない。だから、あの作品を作ることになった時、高畑さんと話し合ったことを覚えていますよ。「昔のことを思い出すって、どういうことなんでしょうね」と。

そうそう、こんなやりとりもありました。あの作品の原作に恋愛の要素はないのですが、映画では恋の話を入れたいと僕は思った。それを高畑さんに伝えると、彼はこう言いました。「恋愛している人たちって、どんなことをしているんですか?」。僕は答えました。親しくなると彼女の家に行くんです。で、彼女の部屋に招かれたりするんです。そこでお定まりなのが、アルバムですよ。学校の卒業アルバムを引っ張り出してきて、「あの頃の私はこうだった」「そういえば、俺も」みたいなことを話すんです。そうやって互いの過去を知り、相手を深く理解するようになる。それが恋愛ですよ──。「そんなことをやっているんですか。バカバカしい」と高畑さんは笑っていましたけどね。

そんなふうにして、「昔のことを思い出す」という、僕らにとって極めて不得手なテーマに、あえて言えば「挑戦」したわけですが、あれもまた地味な物語でね、派手なシーンなんか一つもありませんから、配給会社の期待値は相当低かった。しかし、蓋を開けてみれば、その年の日本映画の興行収入ナンバーワンになったわけです。やはり、「当たりそうなこと」だけをやっていてはダメで、自分たちが作りたいものを探求することが大切だと、思い知らされましたね。

鈴木敏夫さん

やりたいことを気楽にやるそれがうまくいく秘訣

ジブリには、売上目標も経営計画もありません。すべて出たとこ勝負です。お客さんが映画を観てくれなければそれで終わりですから、長期的な目標など立てようがありません。頭の中にあるのは、今取り組んでいる作品のことだけです。そうして作品が一つできたら、次の作品に取りかかる。その繰り返しです。

ジブリの哲学

世界で愛されるジブリ作品はどのように作られてきたのか。新刊『ジブリの哲学』(岩波書店)は、数々の出会い、監督たちと交わされた会話、プロデューサーとしての「戦略」などを綴ったドキュメントエッセイ。

僕は、人間の生き方には二つしかないと思っています。一つは、目標を定め、それに向かって努力する生き方。もう一つは、目の前のことをコツコツやりながら、そこから拓けていく未来を楽しむ生き方。僕たちは間違いなく、後者です。過去のことは思わない。未来に何が待っているかも考えない。今のことだけに集中する。その方が絶対にいい仕事ができます。

だから、「挑戦」とか「戦略」という言葉が、実は僕はあまり好きではないんです。やりたいことがある、描きたいものがある。それが最初にあるのであって、「挑戦してやろう」とか「この戦略でいこう」というのが先に立つわけではないでしょう。これはすべての仕事に当てはまると思います。今やりたいこと、やったら楽しいと思えることがあって、肩の力を抜いてそれに取り組んだ時に、仕事はうまくいくもの。映画作りも、仕事も、人生も、気楽にやるのが一番です。「挑戦」なんて、肩肘張って考えずにね。


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