Vol.47 特集 組織を活性化させる「ポジティブメンタルヘルス」 企業業績のカギを握る従業員のメンタルヘルス対策 Adecco’s Eye

2007年に厚生労働省が職場のメンタルヘルスについて指針を策定し、
今年12月からはストレスチェック制度が義務化されるなど、
メンタルヘルス対策は近年、重要視されるようになっている。
そうした中で、従業員支援プログラム(EAP)といったサービスも注目を集めている。
組織を活性化させる、新しいメンタルヘルスのあり方とは。


メンタルヘルスによる休職者数が増加すると、企業の利益率は顕著に低下する──。
早稲田大学教授の黒田祥子氏は、山本勲・慶応義塾大学教授と共同でこんな研究成果を発表した。黒田氏が語る。「これまで、職場のメンタルヘルス問題は、心に不調をきたした社員への個人レベルでの対応が主でした。しかし、結果として一度復職してもまた休職を繰り返す人も多い現実がある。では、企業としては、そういう人は最終的に退職してもらえばそれでいいのかという疑問があったんです」
心を病んで退職する人はあくまで氷山の一角であり、その周辺にはメンタルの状態が悪化している人たちがいるのではないか。そして、その人たちのパフォーマンスは良好といえるのかどうか、ということが研究の発端だった。
そこで黒田氏と山本氏は、国内企業451社(従業員数100人以上の企業)について、2007年から追跡調査を始めた(現在も継続中)。その結果、メンタルヘルスの不調により連続1カ月以上の長期休職をしている正社員の比率が上昇した企業は、上昇していない企業に比べ、利益率が明らかに落ち込むことがわかった(図1)。

【図1】メンタルヘルスの悪化と利益率の変化 出典:山本勲・黒田祥子『労働時間の経済分析』(日本経済新聞出版社、2014)

メンタルヘルスの悪化は生産性の低下をまねく

この結果から、休職者が増えている職場や企業では、休職者だけでなく職場全体の平均的メンタルヘルスも悪化していて、それが会社全体の作業効率を低下させ、業績も悪化するという構図が明らかになった。これまでも、メンタルヘルスの状態が悪化すると仕事の効率が低下する「プレゼンティズム」が企業業績に与える影響は小さくないといわれてきたが、そのことがはっきり数字で現れたのだ。「休職者を個人の問題として捉える傾向がありますが、休職者の増加はその該当者だけの個人的な問題ではなく、職場全体の問題として認識する必要があるとわかりました。職場環境にも問題が生じていることが考えられ、業績に深くかかわってくるので、経営者は経営戦略として従業員のメンタルヘルスを考える必要があります」
逆に、従業員のメンタルヘルスを会社全体として良好に保つことは、企業業績に好影響を与える、と言い換えることもできるだろう。

長時間労働や不明確な業務、突発的な仕事は悪影響

では、どのような働き方が従業員のメンタルヘルスに影響を与えるのか?
大きく3つの要因があるという。「第一は長時間労働。日本は海外より長時間労働の傾向が顕著で、これが最もメンタルヘルスによくないと以前から指摘されていました。同一個人を数年間追跡した今回の検証により、長時間労働はやはりメンタルヘルスを悪化させることが明らかになりました」

第二に、仕事の内容の明確さと裁量の幅が大きく影響を与えるという。「担当する業務の内容が明確で、仕事の手順を自分で決めることができる。そういったスタイルで働いている人はそうでない人に比べ、メンタルヘルスが格段によいという結果が出ました。多少忙しくとも、自分で裁量権を持って働ければ、良好なメンタル状態で効率よく働ける可能性があります」

最後は上記の理由とも重なるが、突発的な業務の発生だ。「心づもりができない突発的な仕事が多く発生し、その対応に追われてしまうと、メンタルヘルスによくない影響を与えることがわかっています」

また、職場環境がメンタルヘルスに与える影響も大きい。例えば、周囲の人が残っていて退社しにくい雰囲気が強いとメンタルヘルスは悪化する傾向にある。逆に、企業が時短勤務などワークライフバランス(WLB)施策を推進する環境だと、従業員のメンタルヘルスは良好になりやすいという。「WLBの推進室などを設けて、積極的に推進している企業は、そうでない企業に比べ、メンタルヘルスの不調による休職者、退職者が少ない傾向にあります。しかし、形だけ設置したようなものでは効果がありません。経営者が、従業員が働く環境をよくしたいという明確な意思を持ち、その気持ちが現場に浸透している場合に限ります」
では、従業員のメンタルヘルスに良い影響を与える職場にするにはどんなことをすればいいのだろうか。黒田氏は、全社的な施策よりも、管理職一人ひとりが個別に職場の環境改善を行っていくことが大切だと指摘する。「たとえば、各管理職が部下に適切に権限を委譲し、やりがいを持てるよう工夫することや、突発的な業務が生じたときにその対応が一人に集中しないようにすることなどです。上司は、どの部下にどのくらいの負荷がかかっているかをきちんと把握し、割り振りを調整する能力が必要になってくると思います。また、上役や他部門などへの根回しが必要な案件を多く抱える人や、宛先がCCでのメールを多く受けとる人ほど、長時間労働になる傾向があります。根回しやCCメールは必要最低限にとどめ、各人の責任範囲と権限を明確にする職場づくりが大切です」
また、長時間労働の是正については、退社してから翌日出社するまで11時間は空ける「インターバル勤務制度」や、残業時間を銀行口座のように貯め、その時間分を後から休暇の形で代替できる「労働時間貯蓄制度」などの導入が一つの対策になりうるという。「自分がやらなければと責任を感じ、それをやりがいに頑張っている人もいるでしょう。しかし、疲労はいつの間にか蓄積します。自覚症状が出る前に、早めに休息を取るなど、自分で自分の心身を守るという意識も大切です」
個人と組織、それぞれがメンタルヘルスを良好に保つ意識を持つことがスタートになるだろう。

【図2】企業におけるメンタルヘルス施策の導入状況 出典:山本勲・黒田祥子『労働時間の経済分析』(日本経済新聞出版社、2014)

黒田祥子氏 早稲田大学 教育・総合科学 学術院教授
profile
1994年、慶応義塾大学経済学部卒業。日本銀行勤務、一橋大学経済研究所助教授、東京大学社会科学研究所准教授などを経て現職。専門は労働経済学、応用ミクロ経済学。慶応義塾大学・山本勲教授との共著『労働時間の経済分析』(日本経済新聞出版社)で日経・経済図書文化賞と労働関係図書優秀賞を受賞。

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