仕事の未来 インタビュー・対談 人財 働き方 スペシャル対談:奥村武博氏、アデコ 川崎健一郎

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阪神タイガースに投手として入団後、4年で選手生活にピリオドを打ち、新しいキャリアを模索しなければならかった奥村武博氏。 苦労の末、現在は公認会計士として活躍する奥村氏とアデコ代表取締役社長の川崎健一郎が語り合う全2回にわたる対談の後編では、スポーツ選手にとっての「デュアル」キャリアや、アスリート本人は気付いていないスポーツを通じて培った仕事に生かせる能力などについて話し合います。

「居心地のいい場所」から抜け出るサポートを

川崎

人生100年時代を迎えようとしている中で、複数の仕事、複数のスキルをもつ「パラレルキャリア」が必要であるといわれるようになっています。奥村さんが代表理事を務めていらっしゃるアスリートデュアルキャリア推進機構は、「パラレル」ではなく「デュアル(二重の)」キャリアを謳っていますね。

奥村

「デュアル」という言葉は、スポーツとそれ以外のトータルな人間としてのキャリアの2つを意味しています。プロのスポーツ選手の場合、パラレルキャリアを実現するのはかなり難しいと思います。

「意識がほかのところに向くと、練習がおろそかになって、実力が落ちる」というロジックがあるからです。だからパラレルを志向する必要はないのだけれど、視野を広げて、スポーツ以外の世界があることを知っておくことが重要なのです。そんな思いを「デュアル」という言葉に込めています。

川崎

その考え方は、ほかの職業でも通用しますね。アンテナを広げて、自分の仕事以外の情報に触れておけば、人生の選択肢は増えるはずです。

奥村

ええ。しかも、それまでの仕事で培ってきた能力は、ほかの世界でも生かせる可能性があると思うんです。それに気付けば、新しい世界に飛び出していくことができる。そう私は考えています。

川崎

まさしく「壁を越える」ということですよね。アデコでは、派遣社員のキャリアコンサルティングや就業をサポートする「キャリアコーチ」という専任担当者を設置していますが、その壁を乗り越えるお手伝いをすることを一つの重要な役割としています。

キャリアをつくっていく中で特に重要なことに、いかに「コンフォタブルゾーン」、つまり居心地のいい場所から抜け出せるか、というのがあります。例えば、野球をしていた人にとって、野球の世界は居心地がいいし、そこから出るのは怖いことですよね。これはあらゆる世界でいえることで、人間は基本的に自分が一番楽だと思える場所で生きたいと願うものです。そこに大きな壁があります。その壁を越えなければ前には進めません。壁をいかに乗り越え、ゾーンからいかに抜け出るか。それを一緒に考えるのがキャリアコーチの重要な役割です。

奥村

コーチングによって、実際に壁が越えられるケースは多いのですか。

川崎

多いですね。例えば、日本では現在、IT技術者が圧倒的に不足しています。これまでITに携わったことがない人でもIT技術者のキャリアにチャレンジすることは十分に可能なのですが、多くの人は興味があっても専門知識がないからと尻込みしてしまいます。しかしコーチングの中で、「経験値がなくても、一から育ててくれる会社もたくさんあります。やる気があるならチャレンジできますよ」と事例なども踏まえてお話しすると、多くの人が「私にもそんな道があるんですか!」と驚くんですよ。「あなたにもできるんです。なぜならば……」という話をして、勇気付けてあげる。それができれば、誰でも壁を越えることができると私は信じています。

キャリアのつくり方に正解はない

奥村

ゾーンから抜け出るということは、ほかの道に一歩足を踏み出すということですよね。でも、スポーツの世界には、一本の道を一直線に進んでいくのをよしとする文化があります。

川崎

「野球道」とか「サッカー道」とか。

奥村

そうです。しかし、誰もが同じ道をずっと歩めるはずはないし、わき道にそれたり、別の道を選んだりすることでむしろ幸せになる場合もあるはずです。一人ひとりやりたいことも、やれることも違います。その多様性をお互いに認め合うことの大切さを、まずはスポーツの世界に広めていきたいと私は考えています。

川崎

非常に重要な視点ですね。キャリアのつくり方に正解はありません。早い時期からパラレルに仕事をしていくのも一つの選択だし、40代、50代で新たに学び直して次のセカンドキャリアを目指す人がいてもいい。一方、一つの職業をスペシャリストとして生涯貫き通す人がいてもいい。一人ひとりで異なり、まさしく多様です。

重要なのは、「自分が一番エネルギーを注ぐことのできる道はどれか」ということであり、「自分の人生をどう終えたいか」ということです。『LIFE SHIFT』の著者であるリンダ・グラットンが言うように、「人生80年」と考えられていた時代と「人生100年」が当たり前になる時代では、キャリア設計のあり方は変わってくるでしょう。しかし、誰にとっても人生が1回限りで、人生の目的が人によって異なるということに変わりはありません。いろいろな選択肢があると知ること。その上で、自分だけの選択をしていくこと。それが何よりも大切なことだと思います。

奥村

おっしゃるとおりですね。アデコではスポーツ関連のキャリア支援もやっていらっしゃいますか。

川崎

アデコグローバルでは、IOC(国際オリンピック委員会)、IPC(国際パラリンピック委員会)とのパートナーシップのもとで、五輪出場選手のセカンドキャリアプログラムを提供しています。引退後の就業先を見つけるだけでなく、就業に必要なトレーニングプログラムも独自に開発しています。欧米では、トップアスリートが現役引退後のセカンドキャリア考えることが文化として根付いており、大学や大学院で学び直し引退後に備えている方も多くいます。そのため、ここ数年間ではジュニア層のアスリートに対するデュアルキャリア教育にも注力して支援を行っています。

奥村

就業後のサポートもしているのでしょうか。

川崎

現在のところ就業サポートが中心ですが、今後、間違いなく中長期的な支援が必要になってくると思います。まったく知らない世界に飛び込むのは誰でも不安なものです。そこを「働く」ことの専門家である我々がいかにサポートしていくかが課題でしょうね。

奥村

なるほど。スポーツ関連以外で、そのようなサポートの仕組みがありますか。

川崎

これは日本の話ですが、先に少しお話しした派遣社員のキャリア開発をサポートしている「キャリアコーチ」がそれに当たります。派遣先が決まって終わり、ではなく、就業後もキャリアコンサルティングやコーチングのプログラムを提供しています。

もう一つ、当社の人財紹介サービスの「Spring転職エージェント」では、一人の担当者が求人側の企業と求職者の両者に対するコンサルティングサービスを行っています。最適なマッチングを実現するだけでなく、マッチングが成立した後も長く働けるようなお手伝いをする。それがこのサービスの狙いです。

スポーツ選手が身につけている真の力とは

川崎

奥村さんのこれからのビジョンをぜひお聞かせください。

奥村

スポーツ経験者の評価軸は、例えば「根性がある」とか「体力がある」といったことになりがちです。

しかし実際は、仕事に必要とされる集中力、課題を見つけてそれを改善していく能力、さらにはセルフマネジメントの能力などに長けているのがスポーツ経験者であると私は捉えています。しかし、スポーツをしている人自身がそれに気付いていないケースがとても多いんです。自分にはスポーツ以外の世界に通用する力があるんだ──。そう多くの人に気付いてもらえるよう、これからもセミナーや講演活動を続けていきたいと考えています。

川崎

集中力、改善力、セルフマネジメント力。それらはビジネスの上でも本当に大きな強みです。おそらく、別の仕事をするには知識や経験の量が足りないと思っているスポーツ選手は少なくないと思いますが、知識や経験値は仕事の中で誰でも身に付けることができます。企業が求めているのは間違なくポータブルスキルである、集中力、改善力、セルフマネジメント力のある方です。

奥村

それは勇気の出るご指摘ですね。ぜひ、多くのアスリートに伝えていきたいと思います。もう一つ、スポーツとビジネスにはいろいろな共通点があるので、将来的には、スポーツ界をサポートする中で培ったノウハウをビジネス界の方々に役立てていただけるような取り組みにもチャレンジしてみたいと思っています。そのためには、私自身がアスリート以外の方々にうまくお伝えできる言葉を学んでいかければなりません。

川崎

素晴らしいビジョンだと思います。今日お話をうかがって、奥村さんと一緒にやれることがいろいろあると感じました。アデコジャパンではスポーツ界へのアプローチはまだできていないのですが、ぜひ一緒に何かやれたらいいですね。

スペシャル対談:奥村武博氏、アデコ 川崎健一郎

Profile

奥村武博
Takehiro Okumura
オフィス921
スーパーバイザー
アスリートデュアルキャリア推進機構 代表理事

1979年生まれ、岐阜県出身。土岐商業高校から97年ドラフト6位で阪神に入団。制球力の良さから野村克也監督に「小山正明2世」と称されるも、度重なるけがにより2001年現役引退。打撃投手や飲食業を経て、公認会計士を目指すことを決意。フルタイムで働きながら学習を開始し、13年の公認会計士試験に合格。17年6月に公認会計士登録が完了し、日本で初めてプロ野球選手からの公認会計士となる。監査や税務業務に携わるかたわら、講演や執筆など、公認会計士資格の認知向上のための活動や子供たちへ会計を教える活動なども行っている。

川崎健一郎
Kenichiro Kawasaki

1976年生まれ、東京都出身。99年青山学院大学理工学部を卒業後、ベンチャーセーフネット(現VSN)入社。2003年事業部長としてIT事業部を立ち上げる。常務取締役、専務取締役を経て、10年に代表取締役社長&CEOに就任。12年、VSNのアデコグループ入りに伴い、日本法人の取締役に就任。14年から現職、VSN社長兼務。