インタビュー・対談 組織 人財 働き方 スペシャル対談:兼清俊光氏、アデコ取締役 土屋恵子【後編】

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働く人たちのモチベーションと成果向上を目指すパフォーマンスマネジメントのあり方の見直しが進んでいます。ビジネス環境が激しく変化し続けている今日において、「組織のマネジメント」はどうあるべきなのでしょうか。人材コンサルティングを手掛けるヒューマンバリュー代表取締役社長の兼清俊光氏とアデコの人事部門を統括する土屋恵子が語り合う全2回にわたる対談の後編では、ニューロサイエンスをはじめ、人材開発や人事評価などに活用されるテクノロジーについて話し合います。

ニューロサイエンスが
人材開発や人事制度にもたらしたもの

──最近、ニューロサイエンス(脳神経科学)の知見が人材開発や人事制度設計に用いられるようになっているようですね。実際にどのように活用されているのでしょうか。

土屋

以前は、「与えられたゴールに向かって競争環境のなかでとにかくがむしゃらに取り組み、負けてはいけないというストレスをかけることによって成果を出す」という考え方が仕事やスポーツにおいては主流でした。しかし、人材開発や組織開発の分野などでは、90年代の半ばくらいから、ひたすら同じようにがんばるだけよりも、むしろそれぞれのペースで自分なりに個性や強みを生かして工夫しながら、伸び伸びと取り組んだほうが結果的にいい成果に結びつくんじゃないか、失敗はむしろそこから学んで次に生かすことができる成長機会、という考え方がだんだん支持されてきました。実際に、そうした練習法で優れた結果を出してきたスポーツチームも少なくありません。ここ最近になり、従来経験的に効果があると見られてきたそうした方法論に科学的な裏付けが増えてきました。そのひとつがニューロサイエンスです。

兼清

はい、ニューロサイエンスによって人材開発や人事制度に新しい知見がもたらされたというよりも、前から考えられていたことをニューロサイエンスが科学的に証明したという面が大きいと思います。

マネジメントの世界では、一般に、競争意識や危機感を従業員にもたせることによって事業の成長に結びつけてきたわけですが、近年、どうもそのやり方では伸び悩むのではないかと現場のマネージャーたちが感じるようになっていました。過度な競争意識や危機感は、ストレスを与えることになり、むしろ個々人の成長やモチベーションを阻害しているのではないかと考えられるようになりました。

実際、過度な競争意識などによる「恐れ」や「不安」は脳の扁桃体を刺激し、その結果、闘争・逃走反応を引き起こして、人々にネガティブな思考や行動を取らせてしまうことが明らかになっています。このように、現場のマネージャーが感じていたことの正しさが脳科学によって証明されたのです。

土屋

土屋以前は、従業員が自分でやりたいことを主体的に取り組むようなマネジメントは「甘い」と言われてきた風潮がありました。それでは組織の業績は上がらない、と。しかしニューロサイエンスのおかげで、むしろそれぞれの従業員が自分の個性を伸ばし、メンバー同士が互いに信頼し、ビジョン実現に向かって生き生きチャレンジしあえるような組織、つまり以前は「甘い」と考えられていた組織のほうが、パフォーマンスが上がるしイノベーティブなアイデアも生まれる。

兼清

一方、ニューロサイエンスによって、定説が逆の意味で覆されたところもあります。例えば、リーダーシップというのは才能であって、素晴らしいリーダーは最初からその能力がある、と捉えられていました。しかし脳科学の研究によれば、脳には神経可塑性というものがあって、人の能力は固定されたものではなく、やり方によっていくらでも能力を伸ばせることがわかってきました。だとすれば、従業員の成長を促す仕組みをつくれば、それぞれのパフォーマンスが上がり、結果として組織の成長につながります。今後、ニューロサイエンスの知見が組織開発にもどんどん使われていくようになるでしょう。

科学やテクノロジーの力で
創造性とモチベーションを高める

土屋

研究を踏まえた客観的データがあれば、前向きで建設的な議論ができるようになります。職場で「日々の会話が大切」といえば、あたり前の話として受け取られてしまいます。しかし、ニューロサイエンスのデータがあれば、「なぜならば」という根拠を示せるようになります。それによって明確な共通認識をつくっていくことができるわけです。

兼清

それが科学やテクノロジーの力ですよね。

土屋

そう思います。最近、人材開発や人事評価にテクノロジーを活用する「HRテック」が注目されています。テクノロジーというと機械的なイメージがあって、「人」を対象にした人材分野への導入に違和感がある人も少なくないようです。しかし、それはむしろ逆だと私は考えています。科学やテクノロジーの力によって、従業員の創造性やモチベーションを高め、成長を促すことができるわけですから。

──人間がより人間らしく働くための科学でありテクノロジーであるということですね。

土屋

そうです。それがないと、精神論や効果・効率だけを重視した画一的なマネジメントになってしまいます。そういった古いタイプのマネジメントの方法から脱するために、ニューロサイエンスやHRテックが必要とされているのです。

兼清

ニューロサイエンスやHRテックをほかの学問分野の研究成果と組み合わせて人材開発に生かしていくという方向性もあります。例えば、行動経済学では、人間には二つの行動原理があるといわれています。「自分が得をする」ということと「人のために役立つ」ということで、それぞれ市場規範、社会規範と呼ばれています。意識が市場規範だけに向いていると助け合いはあまり起こりませんが、社会規範の意識が強まると互いに力を合わせようという動きが生まれてきます。これは、ニューロサイエンスのエビデンスと一致しています。

土屋

「社会規範」で行動するために、会社がボランティアを推奨することにも大きな意味があるわけですね。利益のために働くだけでなく、社会にどんどん関わっていくことによって、意識が変わっていくし、それが結果としてより良い働き方につながっていきます。

これは脳が社会的な相互作用を行うことにより活性化するという研究からも説明できますね。自分だけで勝ち続けることだけを目指すなかでモチベーションを保ち続けることは難しくて、逆に仲間と一緒に何かに取り組んでいるという意識があれば、やる気も出るし、幸福度も向上する──。これは誰もが体験的に感じていることですが、これも客観的に証明されるようになってきているわけです。

新しいマネジメントの「Why」を
広く共有していくことが大切

──日本の企業でもパフォーマンスマネジメントの見直しは進んでいるのですか。

兼清

新しいマネジメントのデザインにチャレンジする企業が増えてきていますね。既存の人事制度のフレームを大きく変えることが難しい場合は、運用の仕方を変えるなど、会社ごとにいろいろな取り組みが始まっています。

土屋

伝統的な日本企業には、一般的に非常にしっかりした人事制度をつくってきた会社が多いと感じます。誰にでも100%納得してもらえるような公正な制度をつくろうと努力を重ねて制度をつくりあげてきました。しかし、それは長い時間のなかでいつのまにか従業員のためというより、「管理のための管理」となってしまっていることもあるのではないでしょうか?今後は、従業員がより成果を発揮し、顧客に貢献できるためにどのような制度をつくるのがいいのか。そうした発想でパフォーマンスマネジメントを見直す必要があると思います。グローバルカンパニーとして弊社でも、従業員の成長を促す視点での、さらにより良い制度を目指して、見直しを行っています。

兼清

77%のグローバル企業がパフォーマンスマネジメントの見直しに着手しているというデータがあります。しかし、そういった企業でも、新しいマネジメントの仕組みが業績に結びつくにはまだ時間がかかるでしょう。日本企業も決して遅れているわけではありません。あせらず、着実に改革に取り組むべきです。

土屋

パフォーマンスマネジメントのあり方に関する多様な議論が活発になっているのが何より大事だと思います。人事部門だけではなく、会社のいろいろな部署が参加して議論しながら、従来の日本企業の文化や雇用のあり方を生かした新しいマネジメントの方法を模索していければいいですよね。

兼清

重要なのは、新しい制度や仕組みを何のためにつくるかという意味づけです。改革の「意味」が従業員に広く伝わらないと、取り組みはなかなか浸透していきません。

土屋

「Why」を伝えるということですよね。「What」や「How」、つまり、何をやるのかとか、どうやるのかよりも、いまなぜ新しいマネジメントが必要なのかを社内全体で共有することがまずは大事だと思います。従業員が生き生きと主体的に働けるようになれば、お客さまによりよいサービスや製品を提供できるようになる。それによって会社が継続的に成長できる。それはまた、激しく変動するビジネス環境に対応することでもある。そのために新しいパフォーマンスマネジメントが求められている──。そのような説明を丁寧にしていくことが、変革の第一歩になると考えています。

(前編を見る)

Profile

兼清俊光
ヒューマンバリュー
代表取締役社長

1991年よりヒューマンバリューにおいて、人々・組織・社会の「学習の質」の向上に貢献するために、人材開発と組織変革の潮流を踏まえつつ、現場の知識・経験を取り入れ、クライアントとの協働的なアプローチで新しい知識・技術を創造し、変革プロセスをデザイン・実行している。 「学習する組織」「ポジティブ・アプローチ」「ホールシステム・アプローチ」といった組織変革・組織開発の哲学と方法論を活用し、大規模組織の全社変革をはじめ、多くの組織の変革を支援しているプラクティショナー(実践家)。

土屋恵子
アデコ取締役
ピープルバリュー本部長

主にグローバルカンパニーで20年以上にわたり、ビジョンの実現に向けて個人と組織が個性と強みを生かして共に成長することを基盤に組織開発をリードする。人事部門の統括責任者として、チームと共に日本およびアジアのリーダーシップ開発、人財育成、制度策定・浸透などを展開する。2015年より現職。ケース・ウェスタン・リザーブ大学経営大学院組織開発修士課程修了。