業績向上をもたらす従業員エンゲージメント

2017.10.30 MON

米国で生まれた従業員エンゲージメントという概念。調査データによると、高度成長時代に培われた「終身雇用」や「年功序列」による高い定着率が現在も維持されているのにもかかわらず、日本の会社はこれが低いとされている。
なぜ世界と比較して日本の会社が低いのか。また従業員エンゲージメントの意義や、その向上方法について2人の有識者が語る。

「従業員エンゲージメントとは、『従業員が企業の理念やビジョンを十分理解し、その達成のために主体的にコミットしていこうという意欲や士気が高まっている状態』を指す言葉といわれています。この概念は、短期的な雇用関係を前提としてきた米国企業の人事戦略への反省から生まれた面があると考えられます」
こう話すのは労働経済学の立場から労働環境の実証研究を続けている慶應義塾大学経済学部教授の太田聰一氏だ。
「米国では、従業員はあくまで雇用者との間で定められた契約に則った仕事だけを遂行すればよいという考え方が主流でした。外部労働市場が発達しているので、働き手はより良い条件の企業、より自分を評価してくれる企業を求めて、どんどん移動します。
しかし、このような短期的な雇用関係だけでは、従業員が発揮するパフォーマンスにも限界があり、自ずと顧客満足度も向上しませんでした」(太田氏)
そこで見直されたのが、長期雇用を念頭にした従業員と会社との関係性だ。会社のビジョンや目標に対して強くコミットしてもらえるように、人事制度や職場環境の重要性が再認識された。これが米国で従業員エンゲージメントの概念が生まれた背景である。
一方、日本企業は高度経済成長期に「終身雇用」「年功序列」などに代表される雇用形態を作り上げた。新卒社員を一括で大量採用し、長く勤める人ほど有利な仕組みにすることで定着率を高め、従業員の教育にも熱心に取り組んできた。
「『会社のために働く』という独特の就労意識や愛社精神もそのなかで生まれました。これは日本独自の画一的なエンゲージメント手法といえるかもしれませんが、そのあり方には限界が見えています」(太田氏)
昇進や昇給もほぼ横並びで、日本の従業員は、愛社精神や働く熱意はあっても、働く姿勢は受け身的。会社が進むべき方向を自分事として考えたり、自ら進んで新しいビジネスを生み出したりする発想には海外に比べると不慣れだと太田氏はいう。
「本来、従業員一人ひとりの資質や能力は違いますから、ふさわしいキャリアも違ってしかるべきです。画一的な人事管理から脱却し、きめ細やかな、個々の能力をより活かすようなマネジメントのあり方にシフトしている最中なのです」(太田氏)

イノベーションの源泉としての従業員エンゲージメント

「従業員エンゲージメントは、不確実性の高い時代にイノベーションを生み出す重要な原動力でもあります」
こう語るのは、緻密な統計分析をベースにした人財・組織のコンサルティングで知られるウイリス・タワーズワトソン取締役の岡田恵子氏だ。
「従業員エンゲージメントは、2000年頃に米国で登場し、日本には2008年頃に入ってきました。私たちはこの概念を、『従業員一人ひとりが、会社が掲げる戦略や目標を心から理解し、その実現に向けて自分の能力を主体的・自発的に発揮しようとする意欲』と定義しています」(岡田氏)
高度成長期のように経営環境が安定して、事業の先行きが見えやすい時代には、従業員エンゲージメントは重要視されることはなかった。今日のような変化の激しい時代だからこそ、企業が成長する原動力に個々の従業員の主体的・自発的な意識や意欲があるという。
「従業員から、『労働力』だけではなく、意識や意欲のもととなる情熱や感性などの人間的な資質をどれだけ提供してもらえるかが、イノベーション創出や企業の成長を大きく左右すると考えられています。従業員エンゲージメントが最近になって、重視されるようになったのはこの考えが背景にあるためです」(岡田氏)
ウイリス・タワーズワトソンでは従業員エンゲージメントを三つの基本要素に整理している(図1参照)。一言でいえば、従業員が組織の成功のために、「自発的に考え」「誇りと愛着を持って」「行動できる」ということだ。
「世界約700社の企業を対象にエンゲージメントと業績・成長性との相関を分析したところ、この三つが揃っている企業は成長性が圧倒的に高いことがわかりました」(岡田氏)
従業員本人がこの三つの要素を備えていることに加え、それを支える環境も従業員エンゲージメントの維持には不可欠と岡田氏は追加する。
「『生産的な職場環境』と『元気が出る職場環境』の二つの要素が揃うこと(図1参照)で、より持続可能なエンゲージメントが実現できると考えています」(岡田氏)

図1 業績成長を牽引する持続可能なエンゲージメント エンゲージメントの向上(Think 考える:会社や会社が目指すべき方向性を信じ、サポートする Feel 感じる:会社に対して、帰属意識や誇り、愛着の気持ちを持っている Act 行動する:求められる以上のことを自発的にやりたいと思い、行動する。同じ会社で継続的に取り組む)→Engaged エンゲージメント 生産的な職場環境になっているか?→Enabled 可能な環境 元気が出る職場環境になっているか?→Energized 活力

エンゲージメントを左右する要因は複合的だが、ウイリス・タワーズワトソンの調査によると、特にエンゲージメントと相関の高い要素(キードライバー)として、「経営トップのリーダーシップ」「ゴールや目標の明確さ」「直属の上司との関係性」「業務の社会的な意義」「ワークライフのバランスと柔軟性」が挙げられるという(図2参照)。
「従業員エンゲージメントを高めるために、具体的にどのような施策をとるべきかは、個々の企業によって異なります。しかし従業員への調査を実施して、自社の従業員エンゲージメントの実態を数字で正確に把握することが出発点となります」(岡田氏)
漠然とではなく、従業員へのアンケート調査や聞き取り調査によって、従業員エンゲージメントを阻害している要因を丁寧に洗い出し、経営陣や各部門のマネージャーが対策を立てることが重要だ。
「すべての従業員のエンゲージメントを一気に高める方法はありません。ダイバーシティ&インクルージョンと同様、長期的な業績向上につながる重要な経営課題として、恒常的に取り組んでいくことが大切です」(岡田氏)

図2 エンゲージメントと相関の高いキードライバー ワークライフのバランスと柔軟性 企業の社会的な意義 直属の上司との関係性 ゴールや目標の明確さ 経営トップのリーダーシップ

従業員エンゲージメントと日本の労働市場の未来

では、日本の従業員エンゲージメントは国際的に見てどうなのだろうか。
「私たちは、世界約120カ国において従業員エンゲージメントについて調査してきました。国によって労働観も企業文化も異なるので、単純な国際比較は避けるべきですが、日本における従業員エンゲージメントの調査データの低さは無視できないと考えています」(岡田氏)
日本のビジネスパーソンは真面目で勤勉だが、経営陣や上司の決定に従うという発想が根強く、自分の会社がどこに向かおうとしているのか、その中で自分はどんな仕事をすべきか、一般社員が考えて提案するような気風は乏しい。
「そうした企業風土が、日本の従業員エンゲージメントが低いとされる原因の一つです」(岡田氏)
また、日本企業が従業員エンゲージメント対策に取り組む上では、マネージャー層の役割が重要だと岡田氏は続ける。
「日本では『経営層』『マネージャー層』『一般従業員層』の各層間における意識差が極めて大きい。経営層のエンゲージメントが重要なのは当然だが、経営層とマネージャー層との意識差を埋めなければ、一般従業員層のエンゲージメントも高まりません」(岡田氏)
部下の意欲を高めて能力を発揮させ、チームとして成果を出せるような上司が求められているなか、これを支える人事評価の枠組みを取り入れることも重要だ。
「従業員エンゲージメント調査を360度評価と連動させ、管理職層の人事評価につなげている日本企業も出ています。エンゲージメントを高め、日本の優れた人財を活かすためにも、人財育成や意思決定、組織運営、人事評価なども含めて見直していくべきです」(岡田氏)
一方で太田氏は、労働市場の変革という観点から日本企業における従業員エンゲージメントの定着を捉えている。
「日本企業が今後、これまでのような新卒採用から育成していく人財だけでなく、多様な人財のエンゲージメントを高め、それぞれを活躍させるマネジメントを行えば、働き方はさらに多様化し、転職ももっと自由で活発になるでしょう」(太田氏)
日本では転職が当たり前になったとはいえ、まだ外部労働市場が整っていない。さらには労働人口がますます減少し、今後は新卒採用だけでは必要な人財が確保できなくなっていく可能性が高いなか、従業員エンゲージメントの定着が労働市場に求められていると語る。
「エンゲージメントを高めることは、成長産業への社内外からの人財供給を円滑にすることにもつながり、日本の労働市場の未来にとって好ましいことです。その意味でも、ぜひ日本企業において従業員エンゲージメントが定着していくことを期待したいです」(太田氏)

Profile

太田聰一氏
慶應義塾大学 経済学部 教授

専門は労働経済学。京都大学大学院経済学研究科博士前期課程を修了後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院に留学。名古屋大学経済学部で助手、講師、助教授を務め、名古屋大学大学院経済学研究科教授を経て、2005年に慶應義塾大学経済学部教授に就任。若年雇用問題に詳しい。主な著書に『若年者就業の経済学』(日本経済新聞出版社)など。

岡田恵子氏
ウイリス・タワーズワトソン 取締役
タレント&リワード セグメントリーダー 兼 データ・サーベイ・人事テクノロジー部門総括

企業合併や事業統合、人事諸制度の改革、事業改編や企業変革などに伴う社内外へのコミュニケーション戦略の立案・実施支援、メッセージやツールの設計・作成支援、および新制度の定着と運用に向けたプログラムの設計と実施に従事。主な著書に『ロジカル・シンキング』(東洋経済新報社)がある。