インタビュー・対談 組織 人財 働き方 対談:出口治明氏、アデコグループ「CEO for One Month」2017日本代表 土井皓介

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世界初のインターネット専業の生命保険会社を創業し、10年が経過したこの6月に取締役を退いた出口治明さん。稀代の読書家としても知られる出口さんに、アデコグループのグローバル・インターンシップ・プログラム「CEO for One Month」の2017年日本代表となった土井皓介さんが、働くこと、生きることの本質について聞きました。

ダイバーシティが
企業の意思決定のスピードを上げる

土井

最近、会長職を退任されたとお聞きしました。現在はどのようなお仕事をされているのですか?

出口

役員会に出なくなったこと以外は、あまり変わっていません。毎日会社に来ていますし、執務室も秘書も変わっていません。

土井

同じ仕事をされているのに、なぜ退任されたのでしょうか?仕事をされているのであれば、役員会に出席した方が意思決定にも携われるのでよいように思いますが。

出口

人間はいずれ死んでしまう。永遠に先発完投というのは無理なんですよ。どこかでマウンドを降りなければならない。僕も古希を迎えて、そろそろ降りるべきだと考えた。それが理由です。しかし、僕は創業者ですから、自分がつくった会社を大きくしたいという気持ちは今もまったく変わりませんから、変わらず仕事を続け、一所懸命働いて楽しんでいます。

土井

ライフネット生命の共同創業者である岩瀬大輔さんとは、30歳近く年齢が離れていますよね。ジェネレーションギャップを感じたことはありますか?

出口

仕事を一緒にやることについて、年齢は関係ないと思っています。なぜなら、仕事は「数字、ファクト、ロジック」がすべてだからです。 経営の理念や目標があって、それを達成するために、数字とファクトとロジックという客観的な指標をもとにして、どうすれば事業がうまく進められるのかを考える。それが仕事です。あくまで合理的であり、決められた土俵の上で行うもの。そう考えれば、仕事とは実に楽なものなんですよ。

土井

私は短期間ですが、アデコグループのインターンシップでCEO業務を体験しました。重要な会議などでは、年齢などのギャップがあると、価値観や考え方も異なるので意思決定が難しくなると思います。

出口

それはむしろ逆ですね。国籍や属性が異なる人が一緒に働いているグローバル企業の意思決定は遅いでしょうか。非常にスピーディにいろいろな物事を決定していますよね。 年齢、性別、国籍、文化などにギャップがあればあるほど、つまりダイバーシティが進んでいれば進んでいるほど、社員間の共通テキストが少なくなるので、そのぶん「数字、ファクト、ロジック」だけで判断し、会社が動くようになるからです。経営はむしろシンプルになります。日本企業のように「忖度」を美徳としているようでは、スピード感が落ちてしまいます。

土井

なるほど。ダイバーシティが進んでいる企業ほど、意思決定が早い──。それは私にはなかった視点です。これまで長く働いてこられて、仕事において一番大事なことは何だとお考えですか?

出口

自分の頭で徹底的に考えることですね。アインシュタインは、18歳のときに校長先生に呼ばれて、「君みたいな社会常識のない生徒は見たことがない。どんな教育を受けてきたんだ」といわれたそうです。それに対してアインシュタインはこう答えたといいます。「私が育ってきたこの18年間の社会の常識を身につけることが、これからの私の人生に何の意味があるんですか?」──。

土井

常識にとらわれてはいけないということですね。

出口

常識を疑い、どんな場合でも、何が起こっても、自分の頭で、自分の言葉で、腹落ちするまで考えるということ。それ以外にないと思います。

人間と社会に対する洞察なしに
ビジネスは理解できない

土井

そういった仕事上の哲学は、どのようにして身につけられたのですか?

出口

僕はいつも「人・本・旅」によって身につけたと答えています。人間が賢くなるには、たくさんの人に会い、たくさんの本を読み、たくさんの旅(現場に行くこと)をするしかありません。自分自身が何からできているかと考えると、本が50%、人が25%、旅が25%だと思っています。
土井さんはスポーツの経験はありますか?

土井

中学時代に陸上をやっていました。

出口

偶然にも僕と一緒ですね。それで、コーチや先輩のひと言で、いきなりタイムが速くなったり、記録が伸びたりした経験はありますか。

土井

いいえ、いきなり速くなったということはありません。

出口

ないでしょう。毎日の練習の積み重ねで記録は少しずつ伸びていくものです。人がものを考えることも、それと同じです。毎日の「人・本・旅」の経験が徐々にその人をつくっていくのです。

土井

私も読書は好きで、よく読んでいます。「人・本・旅」の大切さに気づいたのはいつ頃でしたか?

出口

本に関しては、大学時代ですね。僕たちの頃は大学紛争の時代で、授業がほとんどありませんでしたから、平均すれば毎日15時間くらいは読書をしていたと思います。 その後、生命保険会社に入ってからは、当時の大蔵省や日銀との渉外担当になったので、いろいろな人と会って、毎晩夜中まで飲み会をはしごしていました。週末はゴルフを捨ててもっぱら読書、夏と冬の休みになれば、世界を旅して回りました。そうやって「人・本・旅」というスタイルができてきた気がします。

本好きが高じて、僕は今、読売新聞で読書委員をやらせてもらっていますが、なぜビジネス書を取り上げないのか、とよく聞かれます。理由は単純で、面白い本が少ないからです。 僕は「花には香り、本には毒を」という言葉が大好きなんです。香りのない花が味気ないように、毒のない本は面白くありません。心に刺さるところや引っかかるところがなければ、本は面白くない。そういう本がビジネス書には少ないと感じます。本は「役に立つ」ことを求めて読んではいけません。「面白い」ことが本の何よりの価値だと思うのです。

「何をやりたいか」を
考え抜くなかから生まれたモデル

土井

私は、アデコグループのインターンシップ期間に「人材サービス業界へイノベーションを起こす」という課題に取り組みました。日本の人口は今後どんどん減っていって、生産年齢人口も少なくなっていきます。働き方も変わっていかなければならないと思いますが、何が必要になるのでしょうか?

出口

人口が減っていくことは食い止めなければならないと思います。しかし、それとは別に、生産年齢人口が減っているのは、定義の問題であると考えています。日本でいう生産年齢人口は、15歳以上65歳未満ですよね。それ以外は、非生産年齢人口ということになる。しかし、「働く」ということを年齢で区別することに何か意味があるのでしょうか?

土井

確かに、65歳以上でも働く意欲のある人はたくさんいます。

出口

「生産人口」を定義したいのであれば、「働きたい人」とすればいいんですよ。そうして、働きたい人、働ける人は、年齢に関係なくみんな働けばいい。
僕は「定年は廃止すべき」とずっと言い続けています。人間は動物です。年をとったからといって、若い世代にご飯を食べさせてもらう動物はいませんよね。しかし、これまでの日本ではそれが当たり前だと考えられてきました。「Young Supporting Old」という考え方です。これは、人口が増え続けて、かつ経済が高度成長しているという特殊な条件下でのみ成り立つ、極めてガラパゴス的な考え方です。世界を見れば、「All Supporting All」が普通です。年齢に関係なく、みんなが働いて、働けない人、弱い立場の人を助けるという考え方です。

土井

さきほどの常識の話のようにその定義自体も疑い、捉え直さないといけないということですね。人口減少時代には、イノベーションを起こして、生産性を上げていかなければならないとうこともよく耳にします。日本では、イノベーションが起きにくいといわれていますが、どのようにしたらアイデアを生むことができるのでしょうか?

出口

早稲田大学の入山章栄先生がイノベーションについて「知の探索と知の深化」という表現で説明されていますが、僕なりの解釈で説明すると、こういうことです。
自分の知を縦軸と横軸で考えるとします。自分の仕事の領域を深掘りするのが縦軸です。これがないとアイデアは出ません。これはイノベーションの必要条件です。しかし、それだけでは駄目です。自分の知識や経験を広げていく必要がある。これが横の軸であり、イノベーションの十分条件です。
縦の深掘りというのは、資格を取ったり、ビジネス書を読んだり、専門的なセミナーに出たりすることです。しかし、そこから出てくるアイデアは、おおむね小粒なんです。「改善」にはつながりますが、実現するのはせいぜい数%程度の改善にすぎません。
一方、横の広がりには、たとえば、ジャズを聴きにいったり、映画を観にいったり、おいしいお酒を飲んだりすることが含まれます。つまり、今やっている仕事から離れたことです。本当に面白くて画期的なアイデアは、そういう体験の積み重ねから出てくるんですよ。現状から遠ければ遠いほど、優れたアイデアが生まれる。それがイノベーションです。

土井

働き始めたら仕事の専門知識を深めることが大切だと考えていましたが、それだけでは足りないということですね。「インターネット専業の生命保険会社」というライフネット生命保険のビジネスモデルも、一種のイノベーションと考えていいのでしょうか?

出口

ライフネット生命のモデルは、イノベーションというよりも「何をやりたいか」を徹底的に考えるなかから生まれたものです。
僕たちが会社をつくろうと考えた10年ほど前、日本人の所得水準は下がり続けていました。調べてみると、とくに20代が貧しいということがわかった。その少ない所得のなかから保険料を払ってもらうのは大変です。そこで僕たちは「保険料を半分にする」ことをビジネス戦略とすることにしました。
では、それに必要な戦術は何か。店舗代や人件費がかからないインターネットで保険を販売することです。当時、ネット銀行やネット証券はありましたが、ネット生保はまだ世界にありませんでした。それで、「世界初のインターネット専業生命保険会社の誕生」ということになったわけです。
重要なことは、データや課題を分析し、自分たちが「何をやりたいか」を考え抜いて、「保険料を半分にする」と決めたこと。それに尽きると思っています。

土井

私も、出口さんのようにいくつになっても自分のやりたい仕事を続けていきたいと思っています。そのためには何が必要か、最後にアドバイスをいただけますか?

出口

簡単です。必要なのは、「魅力」と「能力」です。人間的魅力と仕事における能力。これがあったら、誰だって仕事を一緒にしたいと思うし、どんな会社でもうちに来てほしいと思うでしょう。魅力と能力を高めるには、自分に投資することです。「人・本・旅」で自分を磨くことです。特別なテクニックなど必要ありません。

土井

これから社会に出ていくに当たって、大きな目標ができたように思います。仕事だけではなく、自分を磨くことに挑戦していいきたいと思います。今日はありがとうございました。

Profile

出口治明
ライフネット生命保険 創業者

1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、日本生命保険相互会社に入社。経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立。2008年ライフネット生命保険株式会社を開業。社長、会長を経て2017年6月に退任。現在は創業者として、ライフネット生命の広報活動・若手育成に従事。

土井皓介
アデコグループ
「CEO for One Month」2017日本代表

1997年三重県生まれ。東京大学教育学部教育心理学科3年生。
アデコグループがグローバルで取り組んでいる若年者就業支援プロジェクト「Adecco Way to Work™」のプログラムの一つである、CEO for One Monthで国内3,360名の応募者の中から2017年日本代表として選ばれる。国内で1か月間CEO業務を体験。