価値観の多様性が支えるイノベーション創出【後編】

2017.09.04 MON

多様なバックグラウンドや価値観を持つ部下たちのケア・育成や、長時間労働対策など、管理職が対処すべき重要な課題は多い。以前よりも役割と責任が増しつつある管理職が、チームと部下のパフォーマンスを最大化するには、従来のマネジメント手法では不十分。多様な部下をまとめ、自主的に動くチームを育てるリーダーシップ理論や、生産性を向上させ部下の残業を減らすための時間管理術など、今後のマネージャーに不可欠なノウハウを、前編・後編の2回に分けてご紹介します。

企業事例 グローバル企業に見るダイバーシティマネジメント最前線 〜日本アイ・ビー・エム〜

国内において、日本企業よりも外資系企業の方がダイバーシティ&インクルージョンの取り組みが進んでいるといわれるが、その中でも、早くからダイバーシティ&インクルージョンに取り組んできた例として知られるのが日本アイ・ビー・エム( 以下、日本IBM)だ。
「IBM グループは創業期から多様な人財の活躍に力を入れていましたが、大きな変化があったのは1990年代半ば。当時はダウンサイジングというコンピュータビジネスの過渡期にあり、その波の中でIBM グループは一時深刻な経営危機に陥りました。経営立て直しのため、1993年に外部から招聘したルイス・ガースナーが米IBM 会長に就任し、大規模な構造改革に着手。その際、生き残りをかけた経営戦略として位置づけたのが『ダイバーシティ』であり、現在まで続く当グループの多様性戦略の起点となっています」
同社人事ダイバーシティー企画部長の梅田恵氏はこう語る。日本IBM が「ダイバーシティ」という言葉を掲げて経営改革に取り組みはじめたのは1998年。当初の中核テーマは女性の活躍推進だった。具体的にはこの年、女性管理職を中心に構成する経営諮問委員会「ジャパン・ウィメンズ・カウンシル」を発足させた。
「当社は国内でも女性の働きやすい先進的な企業といわれ、給与体系や人事評価、福利厚生など女性活躍のための制度が整っていました。にもかかわらず、当時の管理職の女性比率はわずか1.8%と、世界のIBM の中で最低水準。私たちもショックでした。そこで、制度的な平等は確保されているのに、制度そのものが活用されないのはなぜか。どうしたら女性が本来の能力を発揮できるのか。人事部門の主導ではなく、さまざまな部門の管理職などの次世代リーダーとなる女性社員を集めた社長直属のカウンシルで議論し、女性自身が解決策を打ち出すようになったのです」
例えば育児休業が長すぎると、その間にビジネス環境も変化し、復職が難しくなる。福利厚生の充実が、かえって女性活躍を抑制してしまうケースがあることが明らかになった。また女性管理職の絶対数が少ないため、キャリア形成のロールモデルが乏しいこと、男性のように人のネットワークを社内でつくりにくいこともわかった。
これらの課題をきめ細かく洗い出し、実効性のある制度の見直しや社内の意識改革に取り組んだ。在宅勤務やE ラーニングの自宅受講など、女性が育休中も会社とのつながりを持てる仕組みを導入したのはその一例だ。

「表面的に制度を整えるのではなく、多様な人たちが組織の中で能力を発揮すること。さらに意思決定の中枢にそういう人たちが就くことも重要です。これらを実現しないとダイバーシティ&インクルージョンとはいえないし、イノベーション創出にもつながりません。カウンシルの活動は、女性という属性だけを意識した『デモグラフィー型』から、個々の能力の発揮をより重視した『タスク型』の多様性戦略に移行する契機になったと思います」
もちろん、ダイバーシティ&インクルージョンが目指すべきは女性活躍だけではない。ジャパン・ウィメンズ・カウンシル発足の翌年には障がい者、次いでLGBT、外国籍社員、ジェネレ
ーション(世代間格差)をテーマにしたカウンシル(表1参照)を次々と立ち上げていった。
「当初は、社内で『女性に対する逆差別ではないか』といった声がありましたが、さまざまな多様性に対応する活動だということが浸透していくと、そうした批判もなくなりました。『自分たちの意見が全社的に反映される仕組みがある』ということは、社員の安心感につながりますし、多様性に対する意識の浸透にも貢献しています」

表1 多様な軸を生み出すための日本IBMの取り組み「ダイバーシティカウンシル」 社長直轄の6つの諮問委員会を設置。役員がリーダーとなり、当事者である社員とともに、課題の把握、分析、解決策の検討を行い、社長に提言する。 [1998年] [女性] 女性のキャリア課題の検討とパイプライン強化 [1999年] [障がい者] 障がい者の能力の最大化と環境整備 [2004年] [LGBT] LGBT の社員が自分らしく働ける環境整備 [2008年] [マルチカルチャー] 日本IBMの外国籍社員のさらなる活躍支援および日本人社員のグローバル化の推進 [2008年] [ワークライフ] 仕事と個人生活両方の充実を図る施策の検討 [2010年] [クロスジェネレーション] 年代によって異なる課題やニーズへの対応

先進的にダイバーシティ&インクルージョンに取り組んでいた日本IBMにおいても、「継続」が極めて重要だったと梅田氏は強調する。
「当社の役員相等の女性社員数が10名を超えたとき、LGBTや障がい者の活動に重点を置くため、女性のカウンシルの活動を休止した時期があったのです。それだけで、社内の女性活躍の機運が急速に後退したのを目の当たりにしました。多様性受容の意識を根付かせるためには、現場の意見を吸収する仕組みを絶対にストップさせてはならないと感じました。また経営トップが、ダイバーシティ&インクルージョンに継続的・永続的に取り組む姿勢を常に示していくことも大事です」今後は、世代間の多様性への対応が課題になると梅田氏はいう。
「当然ながら、若い世代の意識はどんどん変わっています。すでに『仕事と育児の両立』も女性だけの課題ではない。男性社員の意見を吸い上げる仕組みも必要です」
同社は現在、各カウンシルの活動のほかにも、経営陣と直接対話できる全社員大会やタウンミーティングなどを多数実施している。こうした活動を通じて、さまざまな価値観を持つ人たちが、その意見を率直に語り、それを吸い上げていく仕組みをどう整えていくか、互いに学び合えるような環境や企業風土をどう構築するか。ダイバーシティ&インクルージョンの成功のカギはこれらにある。

価値観の多様性が支えるイノベーション創出

Profile

梅田 恵氏
日本アイ・ビー・エム株式会社 人事 ダイバーシティー企画部長