価値観の多様性が支えるイノベーション創出【前編】

2017.09.04 MON

多様なバックグラウンドや価値観を持つ部下たちのケア・育成や、長時間労働対策など、管理職が対処すべき重要な課題は多い。以前よりも役割と責任が増しつつある管理職が、チームと部下のパフォーマンスを最大化するには、従来のマネジメント手法では不十分。多様な部下をまとめ、自主的に動くチームを育てるリーダーシップ理論や、生産性を向上させ部下の残業を減らすための時間管理術など、今後のマネージャーに不可欠なノウハウを、前編・後編の2回に分けてご紹介します。

理論 経営学から見る日本のダイバーシティ&インクルージョンの課題

「ダイバーシティ&インクルージョンがイノベーションの原動力であることは、経営学の理論から明らかです」
経営学の最新研究に詳しい早稲田大学大学院経営管理研究科准教授の入山章栄氏はこう断言する。
「イノベーションは、既存の知と別の既存の知の新しい組み合わせから生まれる……これは『イノベーションの父』とも呼ばれた経済学者J・シュンペーターが約80年も前に提唱した有名な概念です。"知"は人の中にありますから、企業がイノベーションを生み出すためには、組織のメンバーができるだけ多様な知に出会えるような仕組みや工夫を取り入れていくことが不可欠です」
そのため、従来のいわゆる日本的経営ほどイノベーション創出に不向きなものはない、と入山氏は続ける。新卒一括採用で同質性の高い人財を採用し、終身雇用を前提として30〜40年もの間、ずっと変わらずその会社に勤務し、同じ顔ぶれの社員たちと仕事をする。このような環境では知と知の新しい組み合わせが起きるはずもない。日本企業にダイバーシティ&インクルージョンが強く求められているのもそのためだ。
「日本では、多くの企業が明確な目的意識もなく、社会的に求められているからといった理由でダイバーシティ&インクルージョンに取り組んでしまっている。『イノベーション創出』という目的をまず明確化する必要があります」

『タスク型』と『デモグラフィー型』、2つの多様性

多くの日本企業が女性比率などの数値目標を掲げ、形式的な多様性を追求していることは、経営学の理論的に問題だと入山氏は指摘する。「多様性は経営学の重要なテーマであり、すでに40年以上の実証研究の蓄積があります。その中で明らかになっているのは、多様性には『タスク型』と『デモグラフィー型』の2種類(図1参照)があること。そしてイノベーション創出に本質的に重要なのは前者だということです」

図1 2種類のダイバーシティの性質と、影響力の違い [タスク型ダイバーシティ] 実務に必要な「能力・経験」の多様性。組織のメンバーがいかに多様な教育バックグラウンド、多様な職歴、多様な経験を持っているかなど。 【影響】 さまざまな知の組み合わせが試せるので、新しいアイディア・知が生まれやすく、業績を高めることができる。 [デモグラフィー型ダイバーシティ] 性別・国籍・年齢のような、目に見えやすい部分における多様性。 【影響】 多くの人がいて全員を把握できないので、「見た目を重視してグループ化」する深層心理が働いて、属性ごとに人が固まる。コミュニケーションに悪影響が生じ、新しいアイディアが生まれにくくなる。

タスク型とはビジネスにおいて必要な能力や経験、価値観の多様性であり、デモグラフィー型とは性別や国籍、年齢といった目に見える属性の多様性を意味する。あくまで、知と知の新しい組み合わせを生み出すのはタスク型の多様性にある。しかし日本では女性比率を高めるなどデモグラフィー型の多様性ばかりを追求している例が目立つ。
「人は他者を認知するとき、無意識のうちに『性別』『人種』『国籍』といったわかりやすい見た目の属性で分類してしまう性質があります。日本人男性ばかりの組織内に、数字合わせで同年代の日本人女性を数名加えれば、男性同士、女性同士がそれぞれグループを形成してしまう。そうなれば、知と知の新しい組み合わせを期待することもできません」
とはいえ、タスク型を目指して多様な知を求めれば、結果として組織内の女性や外国人の割合は増え、デモグラフィー型の弊害も生まれてくる。この際の断層をできる限り排除することが重要だ。
「最も有効なのは、多様性の軸をできるだけ増やすこと。多種多様な国籍や年齢層のメンバーによる混成チームにすれば、性別や国籍に対する認知が薄れ、明確な断層はなくなることが研究でわかっています。日本企業にはぜひこのような多軸の多様性を目指してほしいですね」

図2 多軸の多様性による効果 【軸が少ない場合】 女性30代[インド人] 断層 男性50代[日本人] それぞれのグループが、「性別、国籍、年齢層」の複数の属性で共通項を持ってしまい男性同士、女性同士で固まりがちになり、チームに断層が生じてしまう。 【軸が多い場合】 女性30代[日本人] 男性20代[インド人] 女性40代[ドイツ人] 男性30代[アメリカ人] 女性50代[中国人] 男性50代[日本人] 男性・女性以外に、両社に複数のデモグラフィーの次元が入り込むことで、性別・国籍などへの認知が薄れ、断層が生じにくくなる。

「イントラパーソナル・ダイバーシティ」が高める組織の受容力

組織における多様性が注目されがちだが、今後は個人の価値観の多様性も重要になると入山氏は語る。
「経営学において『イントラパーソナル・ダイバーシティ』と呼ばれる考え方で、これは『ひとりダイバーシティ』とでも呼ぶべきものです。組織内に多様な価値観の人財を入れるのも重要ですが、1人の人間が多様な経験を通じて多くの知見を蓄積すれば、それ自体が知と知の新しい組み合わせを生む可能性があります」
日本の大手企業の中で、副業の解禁に踏み切った例があるが、これもイントラパーソナル・ダイバーシティにつながる重要な戦略だという。副業を通じて、社員が自社内では得られない経験や知見を得て、それを自社の事業に活かすようになれば、イノベーション創出の大きな契機になるからだ。
「もともと日本企業は人財の同質性が高い。多様性が重要だといわれても、すぐには受け入れにくい面があります。しかし、個々の社員のイントラパーソナル・ダイバーシティが進めば、組織全体も多様性を受容しやすくなると考えられます」
今後は採用のあり方も大きく見直すべきだと入山氏は語る。
「日本はいまだに新卒採用の比重が大きすぎる。人財の同質性が高い原因であり、冒頭でも述べたように、イノベーション創出には極めて不利です。自社内だけで人財を育てる発想を改め、もっと本格的に中途採用に力を入れて、人財の流動性を高める必要があります」
人が動かなければ、知の新しい組み合わせなど生まれず、日本企業全体が国際競争に勝ち残れない。ダイバーシティ&インクルージョンの取り組みを、日本企業の雇用や採用のあり方を抜本的に見直す契機にすべきである。

価値観の多様性が支えるイノベーション創出

Profile

入山章栄氏
早稲田大学大学院経営管理研究科准教授

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)など。