テクノロジーの急速な発展は、人類の“脅威”か“希望”か――
「人間とテクノロジーの共生」が高める日本の生産性と可能性

2017.04.26 WED

Adecco Groupが公表している人財競争力調査レポート「GTCI」。今年は「人財とテクノロジー」がテーマだった。テクノロジーの発展は、日本に一体何をもたらすのだろうか。そこには、3倍以上の経済成長率向上の余地など、想像以上の可能性が潜んでいた。

果たして、人工知能(AI)などのテクノロジーの急速な発展は、人類の“脅威”なのか、“希望”なのか――。
2016年以降、AIやロボット技術の飛躍的な向上がこれからの産業や社会にどんな影響を与えるのか、世界的に大きな注目を集めている。2017年1月に開かれた世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)でも、前年に引き続き、AIやロボット技術などを核とする「第4次産業革命」と雇用の関係が主要テーマとなった。このほか、国内外のさまざまな調査機関やシンクタンクが「テクノロジーと仕事」に関する報告書を発表している。

Adecco Groupと海外研究機関による「Global Talent Competitiveness Index(GTCI:人財競争力に関する国際調査)2017」のテーマも「人財とテクノロジー」だ。そこでは、テクノロジーの発達がむしろ新たな雇用やビジネスチャンスも創出していくという、未来に向けた前向きなメッセージが述べられている。
翻って日本では、未来への期待感よりも雇用が失われることへの不安感のほうが根強い傾向がある。テクノロジーがもたらす環境の変化を、我々はどのように捉えればいいのだろうか。

「日本は先進国の中でも、テクノロジーの発展による恩恵が最も大きい国といってもいい。負の影響を恐れる必要はありません」

こう断言するのは、GTCIの諮問委員会メンバーでもある一橋大学名誉教授の石倉洋子氏だ。

「一般に、テクノロジー活用による労働生産性の向上は、失業の拡大につながる可能性はあります。しかし日本の場合、人口減少や少子高齢化による労働力不足が進んでいるため、むしろ躊躇することなく生産性向上につながるようなテクノロジー活用のあり方を積極的に考えるべきです」

テクノロジーに任せる部分は任せ、人間は付加価値の高い分野に集中

日本の労働力人口は、2030年までに現在よりも800万人以上減少する見込みだ。これまで以上に人手不足が深刻化し、女性や高齢者の活躍推進、外国人労働力の導入だけでは対応できない可能性が高い。「その意味でもAIやロボットの活用は日本にとって欠かせない」と野村総合研究所(NRI)主任コンサルタントの岸浩稔氏は語る。

「NRIと英オックスフォード大学の共同研究では、『日本の労働人口の49%がAIやロボット等で技術的に代替可能』という結果が出ました(図1参照)。そんなに雇用が減少するのかと否定的に見る方もいますが、私は前向きに捉えるべきだと考えています。労働力の49%をAI等が代替できるなら積極的に任せ、残りの51%に人的資源を集約し、より創造性が必要で付加価値の高い業務を人間が担えばいいのです。日本は米国や英国より代替可能性の高い労働人口の割合が大きいですが、これはより効率化を進める余地があるとプラスに考えるべきです」

図1 人工知能やロボット等による代替可能性が高い労働人口の割合 日本:49% 英国:35% 米国:47% 出典:NRIとオックスフォード大学マイケル A. オズボーン准教授等との共同研究(2015年)※米国データはオズボーン准教授、フレイ博士の共著『The Future of Employment』(2013年)、英国データはオズボーン准教授、フレイ博士、およびデロイトトーマツコンサルティング社による報告結果(2014年)

日本は、先進国の中でも労働生産性が際立って低いことが以前から指摘されてきた。これは逆にいえばテクノロジー活用の成果が出やすく、向上の余地が大きいということだ。アクセンチュアが2016年11月に発表した調査レポートでは、AIの発達によって人間の仕事のあり方が大きく変わり、2035年には労働生産性が最大で40%向上すると予測されている。中でも、先進国で最も生産性が向上する国とされたのが日本だ。AIを活用しなかった場合と比較して、日本の経済成長率は3倍以上も高まる可能性があるとしている。

「仕事や働き方が今後大きく変わっていくのは間違いないでしょう。特にAIの急激な発達により、これまで機械化・自動化が難しいと考えられてきた業務も機械に置き換わっていきます。しかし創造力や問題解決能力、人と人をつなげる力は、人間にしかない能力。AIの発達に伴い、人間にしかできない仕事の重要性が一層高まると思います。人間とテクノロジーが共に働く新しい仕事や職種も生まれてくるでしょう」(石倉氏)

今後は、国内外のさまざまな人々との協業を通じて新たな付加価値を生み出していくような、コラボレーションスキルやソーシャルスキルが特に重要になると石倉氏は強調する。

「自分の意見だけを主張するのではなく、さまざまな人の意見を融合させて、最もよい成果を導いていく。これは和を重んじる日本人が昔から持っている能力であり、今後大きな強みとなるはずです」

テクノロジーの発展がもたらす影響は、日本にとって悲観するべきものではない。さまざまな変化が、日本の経済・産業にとって優位に働くからだ。その変化の波をいかに適切に活用し、より強い“追い風”とすることができるかが重要になる。

具体的には、雇用や働き方にどのような変化が生まれるのだろうか。

「AIによって代替されるのは『職業』ではなく『タスク』。例えば医師は極めて専門性が高く、人間にしかできない職業と考えられていますが、検査結果や過去の症例などの膨大なデータから適切な回答やパターンを抽出する行為は、AIのほうが得意です。もちろん医師の仕事がなくなるわけではなく、患者と直接対話したり、治療方法を最終的に決断したりするのは人間にしかできません。これは、弁護士などの仕事も同様です。つまりAIに仕事を奪われるのではなく、AIを“優秀な助手”にすることで、人間は付加価値の高い業務へシフトしていくイメージです」(石倉氏)

すでに製造業は自動化・ロボット化が広範に進み、労働生産性の向上も図られてきたため、AI導入による影響はそれほど大きくないと予想される。

「逆に最もインパクトが大きいのは、例えば経理業務など、労働生産性が低いといわれるホワイトカラーのバックオフィス業務でしょう」(岸氏)

「人間とAIの共生」が最も高い付加価値を生む

どんな職業・職務にも、機械化が可能なタスクと、ヒューマンスキルが求められるタスクがある。しかし、大切なのはAIの強みと人間の強みを両方活かすことだ。

「囲碁や将棋などのゲームにおいて、最も強いのは『AIと人間がペアを組んだとき』ともいわれています。仕事においても同様でしょう。それぞれの強みと弱みを補完し合い、人間と機械が共生するような仕事のあり方が、最も付加価値が高いと考えられます(図2参照)」(岸氏)

図2 「AIによる失業」と「AIとの共存」のモデル比較 AIが業務を代替して解放された分、付加価値の高い業務へとシフトする。付加価値の高い業務を遂行できる人財を獲得できるかが最重要な課題に。 出典:NRI

テクノロジーの発展に伴い、働き方も大きく変わっていく。さまざまな業務にAIが入り込み、人間が担うべき仕事がコンパクトになれば、労働時間が短くなるだけでなく、社員が同じ時間に同じ場所で働く必要性もなくなる。企業が人財を自社内で抱える必然性が低くなり、プロジェクトごとに最適な人財を社内外から招集するスタイルが増えると考えられる。

AIが不得意な業務については、そこに強みを持つ人財が必要になる。

「いろんな能力を平均的に備えている万能型よりも、ネゴシエーターやアイディアマンなど、何かに突化した能力を持つエキスパートタイプが求められるようになるでしょう(図3参照)。例えば、専門知識はAIが担うことができるので、“ご意見番”のように博識である必要性は低くなりますが、データをもとに分析、解析するのは人間のほうが適している。働き方も変わります。一つの企業に所属してさまざまな仕事をする働き方から、複数の企業に所属して“兼業”する人が増えるでしょう」(岸氏)

図3 AIが不得意な分野で特化したエキスパート人財が求められる ネゴシエーター:高度コミュニケーション カリスマ:人間関係 火消し役:非定型対応力 アイディアマン:創造力 データサイエンティスト:データ分析能力 ご意見番:専門知識 AIが不得意な業務について、それぞれ優れたエキスパート人財が必要(社員A、B、C)。AIより人が優れている項目は複数あるが、すべてを同時に兼ね備える人はいない。何かに秀でていれば、それだけで評価される“加点主義”と“評価の多軸化”が重要に。 出典:NRI

教育や働き方について抜本的な見直しを

前出のGTCIでは、今後は教育の見直しが重要になると指摘している。石倉氏が解説する。

「20世紀につくられた現在の学校教育の枠組みのままでは、新しいテクノロジーを使いこなすスキルや創造力、問題解決能力などは養えません。これからの未来を切り拓いていく若い世代がこうした資質・能力を身につけられるような、新しい教育カリキュラムの構築が必要です」

同時に、企業の人財育成の取り組みも重要になる。例えば銀行業は、ATMやネットバンキングなどのテクノロジーの導入により業務の効率化が大幅に進んだ。そんななかで英国の大手銀行グループであるBarclaysは、人的資源をヒューマンスキルの求められる部門に注力するため、約1万2000人の社員に対し大規模な教育訓練を実施。店舗を訪れる顧客(主に高齢者)に対し、コスト効率の高いチャネルであるATMやオンラインバンキングに誘導する人財を「デジタルイーグル」と呼び、必要なデジタルスキルやコミュニケーションスキルを身につけさせている。企業も10年後、20年後に求められる人財像を再定義し、採用や育成の枠組みを見直していく必要がある。

教育だけではない。組織のあり方や社会制度なども変化が求められていくことになる。

「テクノロジーの発展により、仕事や働き方のあり方は本質的に変わっていきます。労働市場や雇用形態のあるべき姿、企業における人財の採用・育成・評価の枠組みまで、根本から構築し直すぐらいの改革が必要です。テクノロジーを活用した働き方の実現によって、いかに生産性や競争力を高めていくか、そのために人や企業、政府にはどんな変化が求められるのか。みんなが真剣に考えるべきです」(石倉氏)

一橋大学名誉教授
石倉洋子氏

profile
バージニア大学経営大学院(MBA)、ハーバード大学経営大学院(DBA)、マッキンゼー社を経て、青山学院大学国際政治経済学部教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授などを歴任。専門は経営戦略、競争力、グローバル人材。著書に『世界で活躍する人が大切にしている小さな心がけ』(日経BP社)など

野村総合研究所 主任コンサルタント
岸 浩稔氏

profile
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻博士課程修了。工学博士。専門はデジタルメディアをはじめとする情報通信・放送メディア分野における事業戦略、デザイン思考の実践によるイノベーションマネジメントなど。共同著書に『誰が日本の労働力を支えるのか?』(東洋経済新報社)。